
資本政策は、出口から逆算して組むものです。ところがIPOとM&Aでは、逆算の起点になる数字そのものが違います。同じ「出口を意識した資本政策」という言葉を使っていても、中身は別物です。
| 出口 | 逆算の起点 | そこから決まること |
|---|---|---|
| IPO | 公開時の時価総額と、取引所の形式要件 | 必要な株主数・流通株式の量・種類株式の整理 |
| M&A | 買い手が払える金額と、100%取得できるか | 株主の数・同意の取りやすさ・優先分配の順位 |
言い換えると、IPOは「形式要件を満たす形に整える」ゲーム、M&Aは「全株をきれいに買える形にしておく」ゲームです。この2つは、途中まで似た道を通りますが、要求されることが逆になる場面があります。
IPOは形式要件から、M&Aは全株取得の容易さから逆算します。起点が違います。
IPOは、取引所の基準を満たさなければ実行できません。事業の中身以前に、株主構成そのものが条件になっているのが特徴です。
東証グロース市場の新規上場基準では、たとえば次のような項目が定められています(制度は改定されるため、実際の検討では必ず日本取引所グループの最新の資料を確認してください)。
| 項目 | 基準の例 | 資本政策への意味 |
|---|---|---|
| 株主数 | 150人以上 | 公開前に株主が少なすぎても、公募で満たしていく |
| 流通株式比率 | 25%以上 | 創業者と大株主で固めすぎると満たせない |
| 流通株式時価総額 | 5億円以上 | 時価総額だけでなく、流通する部分の大きさが要る |
| 公募 | 一定数量以上 | 新株発行による希薄化が、上場時にもう一度起きる |
ここで効いてくるのが流通株式比率です。創業者やVCの保有分は、多くが流通株式から除かれます。つまり、創業者が持ちすぎていると、上場できないという構造になっています。
M&Aなら創業者比率は高いほど手取りが増えます。IPOでは、比率が高すぎると流通株式比率の要件に引っかかり、上場時に売出しや公募で比率を下げる必要が出ます。守り方の向きが違います。
また、上場後の維持基準についても引き上げの方向で制度改正が進んでおり、上場して終わりではなくなっています。具体的な水準と適用時期は、検討を始める時点で取引所と主幹事証券に確認してください。
IPOでは株主構成そのものが上場の条件。持ちすぎも要件に反します。
M&Aで買い手が求めるのは、ひとことで言えば「全部きれいに買えること」です。
| 買い手が確認すること | 満たせないと起きること |
|---|---|
| 100%の株式を取得できるか | 少数株主が残り、買い手の意思決定に制約が残る |
| 反対する株主を、どう処理できるか | 1人の反対で取引全体が止まる |
| 株主名簿と登記が一致しているか | 誰から買うのかが確定できない |
| ストックオプションをどう処理するか | 取得後に株式が増える可能性が残る |
| 優先分配で、いくら払うことになるか | 売り手側の取り分の配分が読めない |
| 投資契約の条項が承継されるか | 買い手が望まない義務を引き継ぐ |
とくに重要なのが2番目です。株主が20人いて、そのうち1人が売却に反対したら、100%の取得はできません。これを防ぐのがドラッグ・アロング(強制売却権)で、株主間契約に定めておきます。
ドラッグ・アロングは、一定の条件(たとえば一定比率以上の株主が賛成し、一定の価格以上であること)を満たす売却について、残りの株主も同じ条件で売却に応じる義務を負わせるものです。M&Aを出口として考えるなら、シリーズAの段階で入れておくべき条項です。
M&Aの急所は100%取得できるか。ドラッグ・アロングを早い段階で入れておいてください。
ここが、IPOとM&Aでもっともはっきり分かれる点です。
| 項目 | IPOの場合 | M&Aの場合 |
|---|---|---|
| 優先株式 | 上場前に普通株式へ転換される | 優先株式のまま、権利が働く |
| 優先分配 | 働かない | そのまま働く |
| 分配の基準 | 持株比率どおり | 優先分配を先に引いてから、残りを配分 |
| 拒否権 | 転換とともに消える | 取引の承認に効く |
優先株式には通常、上場を事由とする強制転換条項が付いています。上場申請の直前に、すべての優先株式が普通株式に変わり、種類株式は消えます。したがって、IPOでは優先分配はいっさい働きません。時価総額を持株比率で割った金額が、そのまま各株主の取り分になります。
一方M&Aでは、優先株式のまま取引が行われます。売却代金から優先分配が先に支払われ、残りを普通株主が分ける構造です。優先分配のしくみは 優先株式の清算時優先分配 の記事で扱っています。
IPOでは優先分配は消えます。M&Aではそのまま効きます。同じ株主構成でも結果が変わります。
次の資本構成で考えます。投資家は2億円で優先株式200,000株(1株1,000円)を引き受け、優先分配は投下額の1倍・非参加型とします。
| 株主 | 株式数 | 比率 | 種類 |
|---|---|---|---|
| 創業者 | 700,000株 | 70% | 普通株式 |
| 投資家 | 200,000株 | 20% | 優先株式(2億円) |
| ストックオプション | 100,000株 | 10% | 新株予約権 |
| 合計 | 1,000,000株 | 100% | — |
企業価値5億円で売却した場合(M&A)を見ます。非参加型なので、投資家は「優先分配2億円」と「普通株に転換して20%=1億円」のうち、有利な2億円を選びます。
| 株主 | 受取額 | 計算 |
|---|---|---|
| 投資家 | 2.0億円 | 優先分配(2億円 > 1億円なので優先分配を選択) |
| 創業者 | 2.625億円 | 残り3億円 × 700,000 ÷ 800,000 |
| SO保有者 | 0.375億円 | 残り3億円 × 100,000 ÷ 800,000 |
| 合計 | 5.0億円 | — |
次に、同じ企業価値5億円でIPOした場合です。優先株式は普通株式に転換されているので、優先分配はありません。
| 株主 | 評価額 | 計算 |
|---|---|---|
| 投資家 | 1.0億円 | 5億円 × 20% |
| 創業者 | 3.5億円 | 5億円 × 70% |
| SO保有者 | 0.5億円 | 5億円 × 10% |
| 合計 | 5.0億円 | — |
同じ企業価値5億円でも、創業者の取り分は8,750万円違います。差の正体は優先分配です。M&Aでは投資家が先に2億円を取り、IPOでは比率どおりの1億円で済むためです。
企業価値が大きくなると、この差は縮みます。30億円で売却した場合、投資家は「優先分配2億円」より「転換して20%=6億円」のほうが有利なので転換を選び、結果は比率どおりになります。
| 株主 | 売却30億円 | 売却5億円 | 売却1.5億円 |
|---|---|---|---|
| 投資家 | 6.0億円(転換) | 2.0億円(優先) | 1.5億円(全額) |
| 創業者 | 21.0億円 | 2.625億円 | 0円 |
| SO保有者 | 3.0億円 | 0.375億円 | 0円 |
優先分配2億円に対して売却代金が1.5億円しかないため、全額が投資家に渡り、普通株主には何も残りません。「売れたのに手元に残らない」という事態は、この構造で起きます。
なお、ストックオプションの受取額は行使価額を払った後の金額ではありません。行使価額が1株100円なら、100,000株の行使に1,000万円が必要です。手取りはその分だけ減ります。
企業価値が優先分配の総額に近いほど、IPOとM&Aの差は大きくなります。
株主の人数は、IPOでは増やす必要があるもの、M&Aでは少ないほうがよいものです。同じ数字が、出口によって評価が反転します。
| 状況 | IPOでは | M&Aでは |
|---|---|---|
| 株主が5人 | 基準に足りない。公募で増やす | 理想的。交渉も手続きも早い |
| 株主が50人 | 問題ない | 全員から同意を取る負担が重い |
| 個人投資家が多数いる | 流通株式としてはプラス | 連絡が取れない株主が出るリスク |
| 大株主に集中 | 流通株式比率で不利 | 取りまとめが早く、有利 |
実務でいちばん困るのは、初期に個人から少額ずつ集めた結果、連絡の取れない株主が残っているケースです。M&Aでは株主全員の株式を集める必要があり、1人でも所在不明だと手続きが止まります。相続が発生していると、さらに難しくなります。
この問題は、株主が増えた後では解決しにくくなります。初期の資金調達で、誰を株主に入れるかを決める段階で、すでに出口の選択に影響しています。
株主の数はIPOでは足りないと困り、M&Aでは多いと困ります。初期の判断が効いてきます。
ストックオプションは、IPOでは行使されて株式になりますが、M&Aでは行使できずに無価値になることがあります。
| 項目 | IPO | M&A |
|---|---|---|
| 行使の可否 | 上場後に行使できる | 行使条件しだい |
| よくある行使条件 | 「上場していること」を条件にしている例が多い | この条件があると、M&Aでは行使できない |
| 買い手の対応 | — | 放棄を求める/対価を払う/新しいSOを付与する |
| 従業員への影響 | 行使して売却できる | 何も受け取れないことがある |
多くの会社が、税制適格ストックオプションの設計とあわせて、行使条件に「上場していること」を入れています。この場合、上場せずにM&Aで売却すると、従業員のストックオプションは行使できないまま終わります。
M&Aの場面でも一定の扱いができるように、行使条件や、買い手による承継・対価の支払いについて、付与の時点で定めておく必要があります。付与後に変更するのは容易ではありません。
ストックオプションの設計は 税制適格ストックオプション、プール設計は ストックオプションプールの大きさ の記事で扱っています。
「上場していること」という行使条件は、M&Aでは従業員の取り分をゼロにします。
どこまで希薄化を受け入れられるかも、出口によって変わります。
| 観点 | IPOを目指す場合 | M&Aを目指す場合 |
|---|---|---|
| ラウンドの回数 | 複数回を前提に組む | 少ないほうが取り分が大きい |
| 希薄化の総量 | 流通株式比率の要件もあり、ある程度は必要 | 抑えるほど創業者の手取りが増える |
| 優先分配の総額 | 転換されるので影響しない | 積み上がるほど普通株主の取り分が減る |
| 調達額の考え方 | 上場時の時価総額から逆算 | 想定される売却額から逆算 |
M&Aを見ている場合、優先分配の総額が積み上がっていくことに注意が必要です。ラウンドを重ねるごとに、売却時に投資家へ先に支払われる金額が増えます。2億円、5億円、10億円と調達すれば、優先分配の総額は17億円になり、17億円以下で売却すると、普通株主の取り分はゼロに近づきます。
IPOを見ているなら、この積み上がりは意味を持ちません。転換されて消えるからです。同じ調達額でも、出口によって「重さ」がまったく違います。
M&Aでは優先分配の総額が、実質的な借金のように積み上がります。IPOでは消えます。
「創業者比率を守れ」と言われますが、何のために守るのかが出口によって違います。
| 守る理由 | IPO | M&A |
|---|---|---|
| 意思決定の維持 | 上場後も経営を続けるため重要 | 売却時点で経営権は買い手に移る |
| 手取りの最大化 | 上場時に売れるのは一部 | 比率がそのまま手取りに直結 |
| 形式要件 | 持ちすぎると流通株式比率に反する | 関係ない |
| 買い手・投資家の見方 | 安定株主として評価される | 創業者の残留意思とセットで見られる |
M&Aでは、比率がそのまま金額です。一方IPOでは、上場時に売れるのは保有分の一部にとどまり、残りはロックアップ(一定期間の売却制限)がかかります。「上場した瞬間に全部現金になる」わけではありません。
また、上場後も経営を続けるなら、株主総会での決議に必要な比率を意識することになります。比率ごとに何ができるかは 希薄化の計算 の記事で整理しています。
M&Aでは比率=金額。IPOでは持ちすぎが要件違反になり、売れる時期も限られます。
優先株式を発行すると、定款に種類株式の内容が記載されます。この状態が続くことには、出口ごとに違う意味があります。
| 場面 | 影響 |
|---|---|
| IPO申請の前 | 強制転換条項により普通株式に一本化する。転換比率の調整(希薄化防止条項の発動履歴)を確認する必要がある |
| M&Aの交渉中 | 種類株主総会の決議が必要な事項があるか、定款で確認する |
| 次のラウンド | 既存の優先株式より上位の優先分配を新しく作るかで交渉になる |
| 買い手のデューデリジェンス | 定款・投資契約・株主間契約の整合が確認される |
とくに、過去にダウンラウンドがあり、希薄化防止条項が発動していると、転換比率が1対1ではなくなっていることがあります。これを把握しないまま出口の試算をすると、金額が合いません。
種類株式の内容は定款に、権利の詳細は投資契約と株主間契約に分かれて書かれています。出口の検討を始めるときは、この3つを並べて読み直してください。
転換比率は1対1とは限りません。定款・投資契約・株主間契約を並べて確認してください。
M&Aの場合、買い手は資本構成だけを見ているわけではありません。買った後に使えなくなるものがないかを確認します。
| 項目 | 買い手の関心 |
|---|---|
| 繰越欠損金 | 支配関係が変わると、使用に制限がかかることがある。買収後の税効果の見込みに影響する |
| チェンジ・オブ・コントロール条項 | 主要な取引先との契約に、支配権の変動で解除できる定めがないか |
| キーパーソン条項 | 創業者が退任すると、取引や契約に影響が出ないか |
| 許認可 | 株主が変わることで、許認可の維持に手続きが要らないか |
| 知的財産の帰属 | 創業者個人や外注先に権利が残っていないか |
1番目は、資本政策の話ではないように見えて、買い手が払える金額に直接効きます。大きな繰越欠損金を持つ会社を買っても、支配関係の変更によって使えないなら、買い手にとっての価値はその分だけ下がります。
これらは買収の直前に整えられるものではありません。契約を結ぶ段階で、出口を意識しておくかどうかの問題です。
買い手は買った後に使えなくなるものを見ます。契約と権利の帰属を平時から整えてください。
創業時にIPOを掲げていた会社が、途中でM&Aに切り替えることは珍しくありません。その逆もあります。問題は、切り替えたときに、それまでの設計が足を引っ張ることです。
| 切り替え | 足を引っ張るもの | 対処 |
|---|---|---|
| IPO → M&A | ドラッグ・アロングが無く、100%取得できない | 次のラウンドの契約更新で追加する |
| IPO → M&A | SOの行使条件が「上場」になっている | 買い手との交渉で対価の支払いを組み込む |
| IPO → M&A | 優先分配の総額が積み上がっている | 売却額の下限を、普通株主の取り分から逆算する |
| M&A → IPO | 株主数が足りない | 公募で満たす |
| M&A → IPO | 創業者比率が高すぎる | 売出しで比率を下げる |
| M&A → IPO | 種類株式の整理が未着手 | 申請前に普通株式へ一本化する |
この表を見ると、「IPO → M&A」への切り替えのほうが、後から取り返しにくいことがわかります。ドラッグ・アロングもSOの行使条件も、契約を結んだ相手の同意がなければ変えられないからです。株主数や比率は、上場のプロセスの中で調整できます。
IPOを目指す会社でも、M&Aで必要になる条項は最初から入れておくほうが安全です。使わなければそれまでですが、無いときに必要になると、交渉から始めることになります。
切り替えは非対称。IPO前提で作った会社をM&Aに向けるほうが、後から直しにくいです。
実務として現実的なのは、出口を1つに決め打ちせず、どちらにも耐える形にしておくことです。具体的には次の5点です。
| 項目 | 入れておくこと | 効く出口 |
|---|---|---|
| ドラッグ・アロング | 一定の条件つきで、少数株主を従わせる権利 | M&A |
| 強制転換条項 | 上場を事由に、優先株式が普通株式へ転換する定め | IPO |
| SOの行使条件 | 上場以外の支配権変動の場面でも、扱いを定める | M&A |
| 株主の数の管理 | 少額の個人株主を無闇に増やさない | 両方 |
| 優先分配の総額の管理 | ラウンドごとに累計を把握し、参加型を安易に飲まない | M&A |
5番目は、交渉の場でとくに意識してください。参加型の優先分配は、優先分配を受け取ったうえで、さらに残りの分配にも参加する仕組みです。同じ調達額でも、普通株主の取り分は大きく下がります。この違いも 優先株式の清算時優先分配 の記事で数字にしています。
5項目のうちドラッグ・アロングとSOの行使条件は、後から入れにくい分だけ優先度が高いです。
| 順 | やること | 使うもの |
|---|---|---|
| 1 | 自社の事業が、IPOの規模に届きうるかを冷静に見る | 売上計画・市場規模 |
| 2 | 想定される企業価値の幅を、複数置く | 同業の事例 |
| 3 | それぞれの企業価値で、IPO・M&Aの両方の分配を計算する | 資本政策表 |
| 4 | 優先分配の累計と、売却額の損益分岐点を出す | 投資契約 |
| 5 | ドラッグ・アロング等の必要な条項を洗い出す | 株主間契約 |
| 6 | 次のラウンドの交渉で、足りない条項を入れる | 弁護士 |
| 7 | SOの行使条件を、出口の想定に合わせて設計する | 弁護士・税理士 |
3番の「両方で計算する」を実際にやっている会社は多くありません。同じ企業価値で並べると、どちらの出口が自分にとって有利かが数字で出ます。資本政策表の作り方は 資本政策表テンプレート の記事にテンプレートを置いています。
同じ企業価値で両方を計算する。ここを飛ばすと、出口の議論が感覚の話になります。
上から5番までが金額の話、8番以降が実行できるかの話です。両方を見てください。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。