
前回より低い評価額で調達することを、ダウンラウンドと呼びます。多くの会社がこれを避けようとしますが、理由は1つではありません。
| 理由 | 中身 | 実際の重さ |
|---|---|---|
| 条項が働く | 希薄化防止条項で、普通株主だけがさらに薄まる | 重い。金額に直接効く |
| 採用と社内への影響 | ストックオプションの価値が下がる。既存メンバーの受け止め | 中程度。説明しだいで変わる |
| 対外的な見え方 | 「うまくいっていない会社」と受け取られる | 軽い。実態が良ければ回復する |
実務で本当に効くのは1つ目です。3つ目の見え方を気にして、金額的に不利な選択をしてしまうのが、よくある失敗の形です。
避けるべき理由の中心は希薄化防止条項です。見え方を理由に不利な判断をしないでください。
優先株式には、前回より低い価格で発行した場合に既存の優先株主を保護する条項が付いていることがあります。これが働くと、普通株主だけがさらに薄まります。
働き方は、既存の優先株式が普通株式に転換されるときの比率が調整されるという形です。1株が1.2株に転換されるようになる、といった調整です。
| 調整の型 | 内容 | 普通株主への影響 |
|---|---|---|
| 完全な調整 | 新しい発行価格まで、既存の転換価格を引き下げる | 大きい |
| 加重平均による調整 | 発行株数も考慮して引き下げ幅を緩める | 相対的に小さい |
| 調整なし | 条項が入っていない | — |
ダウンラウンドを検討する前に、まず投資契約を開いて、この条項の有無と型を確認してください。調整なしなら、避ける理由の大半は消えます。
もう1つ、条項には適用を免除する定めが置かれていることがあります。ストックオプションの発行や、一定金額以下の発行は対象外とする、といった内容です。ここも確認してください。
まず条項の有無と型、免除の範囲を確認します。調整なしなら、避ける理由の大半は消えます。
ダウンラウンドを避ける、あるいは受け入れるにあたって、取れる手は6つです。
| 選択肢 | 得られるもの | 代償 |
|---|---|---|
| 1. 支出を減らす | 時間 | 成長の速度、採用 |
| 2. 既存投資家のブリッジ | 数か月〜1年の資金 | 条件が次のラウンドに影響する |
| 3. 転換前の投資 | 価格を決めずに資金を入れる | 転換時の希薄化が見えにくい |
| 4. デット | 比率を守れる | 返済の義務が生じる |
| 5. 条件を厚くする | 評価額の数字を維持 | 出口での手取りが減る |
| 6. 受け入れる | 時間と交渉コスト | 希薄化と、条項の発動 |
この6つは排他的ではありません。1を先にやったうえで2を検討する、というように組み合わせるのが実際の進め方です。
手は6つ。組み合わせて使うもので、1つを選ぶ問題ではありません。
最初に検討するのはこれです。資金が必要になっているのは、支出が収入を上回っているからです。支出側を動かせば、調達しなければならない金額そのものが変わります。
見るのは3つです。
支出を2割減らせば、ランウェイは25%伸びます。半年しかなかったものが7.5か月になる計算です。この3か月弱で状況が変えられるなら、調達の条件も変わります。
採用を止め、広告を止めれば支出は減りますが、成長も止まります。評価額は成長の見込みで決まるため、削りすぎると次の調達がさらに難しくなります。削るのは、次の調達で説明できる範囲までです。
最初に見るのは支出側。ただし削りすぎると成長が止まり、次の調達が難しくなります。
次の本格的な調達までのつなぎとして、既存の投資家から資金を受ける形です。実務ではもっともよく使われます。
利点は、評価額を決めずに進められることです。転換前の投資の形にすれば、価格の決定を次のラウンドまで先送りできます。
一方で、注意すべき点があります。
判断のタイミングについてはブリッジファイナンスの記事で扱います。
もっとも使われる手ですが、既存投資家が入らないこと自体がシグナルになります。
J-KISSのような形なら、いま株価を決めずに資金を入れられます。ダウンラウンドという「事実」を作らずに済む点が、この手の本質です。
ただし、先送りしているだけである点は忘れないでください。次のラウンドで価格が決まれば、そのときの条件で転換します。評価額が回復していなければ、キャップの価格で転換するだけです。
| いま起きること | 次のラウンドで起きること | |
|---|---|---|
| ダウンラウンドで調達 | 希薄化防止条項が働く | — |
| 転換前の投資 | 何も起きない | キャップの価格で転換。希薄化がまとめて来る |
希薄化防止条項が働かない分、こちらのほうが有利になる場面はあります。ただし「先送り」であって「回避」ではありません。
価格の決定を先送りする手です。回避ではないので、次のラウンドで希薄化がまとめて来ます。
借入で当座をしのげば、持株比率は下がりません。検討する価値があるのは、短期間で収支が改善する見通しがある場合です。
| 手段 | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|
| 公的融資 | 実行までの時間に余裕がある | 審査に時間がかかる |
| 銀行融資 | 返済原資を説明できる | 赤字が続いていると難しい |
| ベンチャーデット | 調達実績がある | 金利のほか、新株予約権が付くことがある |
| 売掛金の早期化 | 売掛金があり、入金までが長い | 手数料が高い。繰り返すと利益を削る |
共通する注意点は、返済の義務が生じることです。返済が始まると月次の支出が増えるため、ランウェイの計算をやり直す必要があります。
「比率を守れるから」という理由だけで借りると、返済で資金繰りが悪化し、結局は不利な条件で調達することになります。返済原資が事業から出せるかどうかで判断してください。
比率は守れますが返済の義務が生じます。返済原資を説明できるかで判断してください。
評価額の数字は前回と同じにしつつ、優先分配の倍率を上げる、参加型にする、といった条件で投資家の取り分を確保する形です。
対外的にはダウンラウンドになりません。ただし、出口での手取りは大きく変わります。
| 数字の見え方 | 出口での手取り | |
|---|---|---|
| ダウンラウンドで受ける | 評価額が下がる | 希薄化は大きいが、条件は通常のまま |
| 条件を厚くして据え置く | 評価額は維持 | 優先分配が積み上がり、手取りが減る |
この選択がとくに危ないのは、効くのが数年後だからです。いまは数字が守れたように見えて、売却の場面で創業者の取り分がゼロになることがあります。
比べるときは、必ず想定する出口の金額で手取りを計算してください。評価額の見た目ではなく、金額で並べれば判断できます。
見た目は守れますが出口の手取りが減ります。効くのが数年後なので、気づきにくい選択です。
条件を確認したうえで、ダウンラウンドを受け入れるという判断もあります。避けること自体にコストがかかるためです。
希薄化防止条項が入っていない、あるいは加重平均による調整であれば、受け入れたうえで早く事業に戻るほうが、結果として良いことがあります。
すべての選択肢のなかで、最悪なのは条件を探しているうちに資金が尽きることです。そこまで行くと交渉力がなくなり、どんな条件でも受けるしかなくなります。判断の期限を先に決めておいてください。
避けること自体にコストがあります。資金が尽きるのがいちばん高くつきます。
6つの選択肢を、この順で検討します。
| 順 | やること | ここで分かること |
|---|---|---|
| 1 | 希薄化防止条項の有無と型を確認する | そもそも避ける必要があるか |
| 2 | ランウェイを計算する | いつまでに決める必要があるか |
| 3 | 支出を減らした場合のランウェイを出す | 時間を買えるか |
| 4 | 既存投資家に状況を共有する | ブリッジの可能性があるか |
| 5 | 各選択肢で、出口の手取りを計算する | どれが金額として有利か |
| 6 | 判断の期限を決める | いつまでに決めなければ手遅れか |
1と2を先にやってください。条項が入っていなければ、悩む必要のない問題かもしれません。そして、ランウェイが分からないまま検討を始めると、期限の感覚が持てません。
最初にやるのは条項の確認とランウェイの計算。ここで問題の大きさが決まります。
評価額の数字を守るために、他の条件を譲る。この交換が成立しているかどうかを、金額で確かめます。
仮に、前回のポストマネーが10億円だった会社が、今回3億円を調達する場面を考えます。
| 評価額を守る | ダウンラウンドで受ける | |
|---|---|---|
| ポストマネー | 10億円 | 6億円 |
| 今回の希薄化 | 30.0% | 50.0% |
| 優先分配 | 2倍・参加型 | 1倍・非参加型 |
| 売却10億円|今回の投資家の取り分 | 7.2億円 | 5.0億円 |
| 売却10億円|残り(既存株主へ) | 2.8億円 | 5.0億円 |
希薄化だけを見れば、評価額を守ったほうが有利です(30.0%と50.0%)。しかし売却額が10億円だった場合、今回の投資家に渡るのは7.2億円と5.0億円で、評価額を守ったほうが多く出ていきます。既存株主に残るのは2.8億円と5.0億円で、逆転します。
※ 上の金額は今回の投資家の分だけを示しています。既存ラウンドの優先分配がある場合、残りはさらに減ります。
比べる軸を「今回の希薄化」から「想定する出口での手取り」に移すと、判断が変わることがあります。どちらが有利かは、出口の金額の見込みしだいです。
比べるのは今回の希薄化ではなく、出口での手取り。出口の見込みしだいで結論が変わります。
状況の共有が遅れるほど、選択肢は減ります。既存の投資家には早めに伝えてください。
| 伝えること | なぜ必要か |
|---|---|
| いまのランウェイ | いつまでに決める必要があるかを共有する |
| 計画とのずれの理由 | 何が想定と違ったかを説明できるか |
| 打った手と、その結果 | 支出の見直しなど、すでにやったこと |
| これから必要な金額 | いくらあれば、何を達成できるか |
| 検討している選択肢 | 相談の形で持ち込むほうが、話が進む |
4つ目が重要です。「いくら必要か」だけでなく「その資金で何を達成するか」を示せないと、追加の資金を出す判断ができません。
また、悪い情報を伏せて後から出すのは避けてください。既存の投資家が離れる理由は、業績そのものより、情報が遅れて出てくることのほうが多くなります。
早く伝えるほど選択肢は多く残ります。金額だけでなく、その資金で達成することを示してください。
最初の2項目で、問題の大きさが決まります。条項の確認とランウェイから始めてください。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。