
優先株式の「優先」は、配当や議決権だけの話ではありません。実務でいちばん金額に効くのは会社を売ったときに、誰がいくら受け取るかを決める条項です。
調達の交渉では評価額に目が向きますが、評価額が高くても、この条項しだいで創業者の手取りは大きく変わります。条件を読まずに評価額だけで比べると、後で差が出ます。
この条項は出口の場面でだけ効きます。普段は見えないので、調達時に読まないと気づけません。
条項は長く書かれますが、金額を決めるのは2つの変数です。
| 変数 | 何を決めるか | 創業者への影響 |
|---|---|---|
| 優先分配の倍率 | 投資額の何倍を先に受け取るか | 倍率が高いほど、創業者に回る金額が減る |
| 参加型か非参加型か | 優先分配の後、残りにも加わるか | 参加型のほうが、投資家の取り分が大きい |
この2つの組み合わせで、同じ売却額でも手取りが変わります。「1倍・非参加型」と「2倍・参加型」では、別の契約だと考えたほうがよいほど差が出ます。
金額を決めるのは倍率と、参加型かどうかの2つだけです。ここから読んでください。
設定を置きます。創業者が普通株式8,000株、投資家がA種優先株式2,000株を1株25,000円(投資額5,000万円)で保有。発行済は合計10,000株、投資家の持株比率は20%です。
この会社を売却した場合、投資家と創業者の取り分は次のようになります。
| 売却額 | 1倍・非参加型 投資家/創業者 |
1倍・参加型 投資家/創業者 |
2倍・参加型 投資家/創業者 |
|---|---|---|---|
| 5,000万円 | 5,000万 / 0 | 5,000万 / 0 | 5,000万 / 0 |
| 1億円 | 5,000万 / 5,000万 | 6,000万 / 4,000万 | 1億 / 0 |
| 3億円 | 6,000万 / 2.4億 | 1億 / 2億 | 1.4億 / 1.6億 |
| 10億円 | 2億 / 8億 | 2.4億 / 7.6億 | 2.8億 / 7.2億 |
読み取れることが2つあります。
1つ目は、売却額が小さいほど条件の差が大きいことです。1億円で売れた場合、非参加型なら創業者に5,000万円が残りますが、2倍・参加型ならゼロです。
2つ目は、大きく伸びた場合は差が縮むことです。10億円なら、どの条件でも創業者の取り分は7.2〜8億円の範囲に収まります。
大成功した場合、この条項の影響は相対的に小さくなります。逆に投資額と同程度の金額で売却した場合、創業者の手取りがゼロになることがあります。起こりやすいのは後者のほうです。
条件が効くのは小さめの出口です。大成功したときの差は小さく、そうでないときの差が大きくなります。
非参加型では、投資家は2つのうち有利なほうを選びます。
売却額が2億5,000万円のとき、20%は5,000万円で、優先分配とちょうど同額になります。これを超えると、投資家は普通株式として受け取るほうが有利になります。つまり非参加型は、会社が伸びるほど普通株式と同じ扱いに戻ります。
参加型はこの分岐がありません。優先分配を受け取ったうえで、残りにも比率に応じて加わります。会社がいくら伸びても、投資家の取り分は常に普通株式より多くなります。
非参加型には分岐点があり、超えると普通株式と同じになります。参加型には分岐点がありません。
シリーズA、B、Cと調達が進むと、優先株式の種類が増えます。このとき問題になるのが分配の順位です。
| 型 | 分配の順序 | 後のラウンドの投資家にとって |
|---|---|---|
| 順位をつける | 新しいラウンドの優先株式から先に受け取る | 有利。あとから入るほど回収が確実になる |
| 同順位にする | すべての優先株式が同時に、投資額に比例して受け取る | 相対的に不利だが、構造は単純になる |
順位をつける形が続くと、優先分配の合計が積み上がっていきます。累計の調達額が大きくなるほど、普通株式に回る前に差し引かれる金額が増えます。
累計で10億円を調達し、優先分配が1倍なら、売却額が10億円に届くまで普通株主の取り分はゼロという構造です。評価額が上がっているほど、この線も上がります。
優先分配はラウンドごとに積み上がります。累計調達額が、創業者の取り分が出始める目安の線になります。
条件を交渉するには、相手がなぜそれを求めるのかを知っておくほうが話が早く進みます。理由は投資の構造にあります。
ファンドは複数社に投資し、その多くは期待どおりにいきません。うまくいかなかった案件で、せめて投資額を回収できるようにしておきたいというのが優先分配の出発点です。倍率を1倍にする場合、狙いは「増やす」ではなく「元本を守る」ことにあります。
一方で、倍率が2倍・3倍と上がる、あるいは参加型が求められる場合は意味が変わります。回収の確実性を超えて、取り分そのものを増やす条件になるためです。このときは、なぜその条件が必要なのかを聞いてください。評価額を高く出す代わりに条件で回収する、という交換になっていることがあります。
「評価額を10億円で」と押した結果、優先分配が2倍・参加型で返ってくる、という形の交換が起こります。評価額は対外的に見える数字で、条件は見えない数字です。見える数字を優先して見えない数字を渡すと、出口で気づくことになります。
1倍・非参加型は元本を守る条件、それを超えるものは取り分を増やす条件です。意味が違います。
条件を受ける前に、自分で計算しておくべき数字が3つあります。どれも表計算ソフトで5分あれば出せます。
| 計算する数字 | 出し方 | 何が分かるか |
|---|---|---|
| 取り分が出始める売却額 | 優先分配の合計額 | これ以下で売却すると、創業者の手取りはゼロ |
| 非参加型の分岐点 | 優先分配額 ÷ 投資家の持株比率 | これを超えると、普通株式と同じ扱いになる |
| 想定する出口での手取り | 売却額を3パターン置いて計算 | 条件の違いが、金額でいくらになるか |
1つ目がもっとも大事です。累計の調達額が、そのまま「ここまではゼロ」の線になります。調達を重ねるほどこの線は上がるので、次のラウンドに進む前に確認する習慣をつけてください。
3つ目は、複数の提案を比べるときに効きます。評価額だけを並べると高いほうが良く見えますが、条件を入れて手取りで比べると順番が入れ替わることがあります。
最初に出すのは「取り分が出始める売却額」。累計調達額がそのまま線になります。
残余財産分配の条件は、評価額に比べて交渉しにくいと感じられがちです。金額の話ではないぶん、根拠を示しにくいためです。切り出し方には型があります。
| 言い方 | 効きやすい場面 | 理由 |
|---|---|---|
| 「倍率の意図を教えてください」 | 2倍以上を提示されたとき | 元本の保護か、取り分の上積みかを相手に言語化してもらう |
| 「参加型に上限を置けますか」 | 参加型を提示されたとき | 参加型自体を拒むより、受け入れやすい |
| 「評価額を下げる代わりに条件を戻せますか」 | 両方が厳しいとき | 交換であることを、こちらから明示する |
| 「次のラウンドの投資家にどう見えますか」 | 順位や倍率が重いとき | 先の調達の障害になる点は、既存投資家の関心事でもある |
4つ目が効くことがあります。優先分配が重く積み上がった資本構成は、次のラウンドの投資家から見て入りにくいためです。既存の投資家にとっても、次の調達が難しくなるのは望ましくありません。創業者の取り分の話ではなく、会社の調達力の話として持ち出すほうが通りやすくなります。
交渉して戻せないこともあります。その場合でも、「売却額がいくら以下なら自分の手取りはゼロか」を把握したうえで受けてください。把握せずに受けると、出口の場面で初めて気づくことになります。数字を知っていれば、それを前提に事業の意思決定ができます。
創業者の取り分ではなく会社の調達力の話として切り出すほうが通ります。飲む場合も、数字を把握してから。
残余財産分配の条項は、本来は会社を清算するときの定めです。ところが実際に効かせたいのは会社を売却するときなので、売却も清算と同じ扱いにする定めを別に置きます。これがみなし清算です。
読むときに確認するのは3点です。
| 確認する点 | 内容 | 見落とすと |
|---|---|---|
| 対象になる事象 | 株式譲渡、事業譲渡、合併のどれを含むか | 想定した場面で条項が働かない |
| 発動する基準 | 議決権の何割が移動したら対象とするか | 一部売却で発動するかどうかが不明確になる |
| 合意の方法 | 定款で定めるか、株主間契約で定めるか | 効力の及ぶ範囲が変わる |
3つ目が実務では重要です。定款に定める方法と、株主全員の合意で定める方法があり、どちらで作るかによって、後から参加する株主への効力の及び方が変わります。ラウンドを重ねる予定があるなら、新しい株主も同じ枠組みに入る形にしておく必要があります。
事業譲渡は株式の移動を伴いません。株式譲渡だけを対象にした定めだと、事業だけを売って会社に現金が残る形では、この条項が働かないことがあります。どの取引を対象にするかは、条項の文言で決まります。
みなし清算は対象になる取引・発動の基準・合意の方法の3点で読みます。文言しだいで働かない場面が出ます。
前回より低い評価額で調達すると、残余財産分配の条項が二重に効いてきます。
まず、希薄化が大きくなります。同じ金額を調達するのに、1株価格が低いぶん多くの株式を発行するためです。
次に、優先分配の合計が増えます。新しく発行した優先株式にも投資額の分だけ優先分配が付くので、累計の調達額が増えれば、普通株主に回る前に差し引かれる金額も増えます。
もう1つ、希薄化防止条項が働くことがあります。前のラウンドより低い価格で発行した場合に、既存の優先株主が保有する株式の転換比率を調整する、という定めです。これが入っていると、既存投資家の実質的な持分が増え、創業者と普通株主だけがさらに薄まります。
| 効き方 | 誰に影響するか |
|---|---|
| 発行株数が増える | 既存の株主全員 |
| 優先分配が積み上がる | 普通株主(創業者・従業員) |
| 希薄化防止条項が働く | 普通株主だけがさらに薄まる |
調達の条件を受けるときは、次がダウンラウンドになった場合に何が起きるかまで見ておいてください。順調なときの数字だけで判断すると、悪くなったときの条項が見えません。
ダウンラウンドでは希薄化・優先分配の積み上がり・希薄化防止条項が同時に効きます。普通株主に集中します。
評価額と条件はセットで見てください。評価額を上げる代わりに条件を厳しくする、という交換が起こります。
| 見るところ | 確認する内容 |
|---|---|
| 倍率 | 1倍か、それ以上か |
| 参加型かどうか | 参加型の場合、上限が設けられているか |
| 順位 | 既存の優先株式と同順位か、新しいほうが先か |
| みなし清算 | 売却や合併も、清算と同じ扱いにする定めがあるか |
| 転換の条件 | 上場時などに普通株式へ転換されるか |
とくにみなし清算の有無は必ず確認してください。これがなければ、この条項は本当の清算の場面でしか働きません。実際に効かせたいのは会社を売却する場面なので、通常は定めが置かれます。
評価額と条件は交換されます。売却額を数パターン置いて、自分の手取りで比べてください。
優先株式を使わずに組む選択肢は 普通株だけでラウンドを組めるか の記事で扱っています。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。