ホーム / 株式による調達 / 記事

株式による調達

自己株式の取得を、資金繰りの観点から見る

現金があることと買えることは別です。分配可能額の範囲でしか取得できず、赤字が続いていれば調達直後でも買えません。ランウェイへの影響と、買えないときの代わりの手を整理します。

公開:2026年9月14日 Creww Finance Media 編集部
この記事の内容

  1. 会社が自社の株式を買い取るということ
  2. スタートアップで論点になる場面
  3. いくらまで買えるか|財源の制限
  4. 赤字が続いていると、買えないことがある
  5. 手続きの流れ
  6. 価格をどう決めるか
  7. 資金繰りへの影響
  8. 取得した株式は、その後どうなるか
  9. 買った後、比率はどう動くか
  10. 投資家の同意が要るか
  11. 税務の論点
  12. 買えないときの代わりの手
  13. 判断の順序
  14. チェックリスト
  15. よくある質問

会社が自社の株式を買い取るということ

自己株式の取得とは、会社が自分の発行した株式を、株主から買い戻すことです。上場企業では株主還元の手段として使われますが、未上場のスタートアップでは目的が違います。

使われるのは、特定の株主から株式を引き取りたい場面です。離脱した共同創業者、事業から離れた初期の株主、相続で株式が分散した場合など。

会社が買い取れば、その株主は株主でなくなります。個人に買い取らせるより、誰か特定の人の資金を使わずに済むのが利点です。ただし、会社の現金が出ていきます。

自己株式会社が取得して保有している、自社が発行した株式。
分配可能額剰余金の配当や自己株式の取得に使える金額の上限。
みなし配当自己株式の取得で株主が受け取る金額のうち、一定部分が配当として扱われること。
消却取得した自己株式を消滅させること。発行済株式総数が減る。
この章の要点

未上場では特定の株主から引き取る手段として使われます。会社の現金が出ていきます。

スタートアップで論点になる場面

場面 内容 頻度
共同創業者の離脱 創業株主間契約にもとづく買い取り 多い
初期の株主の整理 事業に関わっていない株主から引き取る 調達の前に検討される
相続による分散 株主が亡くなり、相続人が複数になった 時間が経つと起きる
投資家の一部退出 ファンドの期間の都合など 後期のラウンドで

もっとも多いのは1つ目です。離脱した創業者の株式を、契約にもとづいて買い取る場面で、買い手の候補として会社が挙がります。

2つ目は、次の調達を控えているときに検討されます。事業に関わっていない株主が大きな比率を持っていると、投資家から指摘されることがあります。

この章の要点

最も多いのは離脱した創業者からの買い取り。調達の前の株主整理でも検討されます。

いくらまで買えるか|財源の制限

会社が自己株式を取得するには、分配可能額の範囲内である必要があります。これは会社法の定めで、債権者を保護するための仕組みです。

簡単に言えば、「配当として出せる範囲でしか、自己株式も買えない」ということです。手元に現金があっても、分配可能額が足りなければ買えません。

現金があることと、買えることは別

調達した資金が口座にあっても、それは資本として入ったものです。分配可能額は、主に利益の積み重ねから計算されます。赤字が続いている会社では、現金が数億円あっても分配可能額がゼロということがあります。

この点が、スタートアップで自己株式の取得が使いにくい最大の理由です。買い取りたい場面ほど、買えない状態にあることが多くなります。

この章の要点

制限は分配可能額です。現金があっても、赤字が続いていれば買えません。

赤字が続いていると、買えないことがある

分配可能額は、大まかにはその他資本剰余金とその他利益剰余金を基礎に計算されます。正確な計算は会社法と計算規則の定めによるため、会計士に確認が必要です。

ここで実務的に重要なのは、次の点です。

つまり、「調達したばかりで現金があるから買える」という理解は誤りです。買えるかどうかは、直近の決算の数字で決まります。

なお、資本金を減らして分配可能額を作るという手続きもありますが、債権者保護の手続きが必要になり、時間がかかります。安易に選べる方法ではありません。

この章の要点

買えるかは直近の決算の数字で決まります。調達した現金とは別の話です。

手続きの流れ

特定の株主から取得する場合の流れは、おおむね次のとおりです。

順 やること 注意点
1 分配可能額を確認する 足りなければ、ここで止まる
2 取得する価格と株数を決める 価格の算定根拠を残す
3 株主総会の決議を取る 特定の株主から取得する場合、要件が重くなる
4 他の株主への通知 自分も売りたいと申し出る権利がある場合がある
5 株主と契約し、代金を支払う —
6 株主名簿を書き換える —
7 必要に応じて消却の手続き 消却すれば登記が必要

3番と4番に注意してください。特定の株主だけから取得する場合、他の株主にも「自分の株式も買ってほしい」と申し出る機会が与えられるのが原則です。定款に別の定めを置くこともできますが、設立時の定款には入っていないことがあります。

これを知らずに進めると、想定より多くの株式を買い取ることになり、分配可能額を超えるという事態が起こりえます。

この章の要点

特定の株主から買う場合、他の株主にも売る機会が生じるのが原則です。先に確認してください。

価格をどう決めるか

価格の算定は、税務上の論点と直結します。著しく低い、あるいは高い価格でのやり取りは、税務上の扱いが問題になることがあります。

場面 価格の考え方
契約に定めがある 創業株主間契約などの算定方法に従う
定めがない 純資産、直近の取引価格などから算定する
直近に調達がある 優先株式の発行価額をそのまま使えるとは限らない

3つ目に注意してください。優先株式を1株5万円で発行していても、普通株式の価値がそれと同じとは限りません。権利の内容が違うためです。

いずれの場合も、算定の方法と根拠を書面に残してください。後から説明を求められる場面があります。価格の妥当性は税理士と確認する内容です。

この章の要点

価格は税務と直結します。算定の方法と根拠を書面に残し、税理士に確認してください。

資金繰りへの影響

自己株式の取得は、事業に使える現金がそのまま減る行為です。当たり前に見えますが、判断の場面では見落とされます。

たとえば手元資金が1億2,000万円、月次の支出が1,500万円の会社を考えます。ランウェイは8か月です。

8か月取得前のランウェイ
3,000万円自己株式の取得
6か月取得後のランウェイ

3,000万円で買い取れば、ランウェイは8か月から6か月に短くなります。2か月分の時間を、株主の整理と引き換えに手放したことになります。

この2か月が、次の調達の交渉にどう影響するか。資本構成の整理と、時間のどちらが重要かを比べてください。

この章の要点

買った金額だけランウェイが短くなります。整理と時間を比べて判断してください。

取得した株式は、その後どうなるか

会社が取得した自己株式は、次の3つの扱いになります。

扱い 内容 使われる場面
保有し続ける 会社が持ったままにする。議決権はない 使い道を決めていない場合
消却する 株式を消滅させる。発行済株式総数が減る 比率を整理したい場合
処分する 第三者に売る。新株の発行に近い効果 次のラウンドで使うことがある

保有し続ける場合、自己株式には議決権がありません。したがって、他の株主の議決権の比率は相対的に上がります。

3つ目の処分は、新株を発行せずに第三者へ株式を渡せる手段になります。次のラウンドで、新株の発行と組み合わせて使われることがあります。

この章の要点

自己株式に議決権はありません。保有・消却・処分の3つの扱いがあります。

買った後、比率はどう動くか

発行済10,000株の会社で、ある株主が持つ1,000株を会社が取得した場合を見ます。

取得前 取得後(保有) 取得後(消却)
発行済株式総数 10,000株 10,000株 9,000株
議決権のある株式 10,000株 9,000株 9,000株
代表(6,000株)の議決権比率 60.0% 66.7% 66.7%

保有しても消却しても、議決権の比率は同じように上がります。自己株式には議決権がないためです。

違いが出るのは発行済株式総数です。消却すれば減りますが、保有したままなら変わりません。1株あたりの評価や、今後の発行の計算に影響します。

取得した分だけ、残った株主の比率が上がるという点は覚えておいてください。これは会社の資金を使って比率を買い戻したということでもあります。

この章の要点

取得すると残った株主の議決権比率が上がります。会社の資金で比率を買い戻した形です。

投資家の同意が要るか

投資契約や株主間契約で、自己株式の取得が拒否権の対象になっていることがあります。

理由は明確で、会社の資金が事業以外に使われるためです。投資家が入れた資金で、別の株主に現金を渡すという構図になります。

確認すること どこを見るか
拒否権の対象か 投資契約・株主間契約の事前承諾事項
金額の基準があるか 一定額以下は対象外とされていることがある
種類株主総会が要るか 定款の種類株式の内容

投資家に説明するときは、なぜ買い取る必要があるのか、それが会社にとってどう有益かを示してください。「離脱した株主を整理することで、次の調達がしやすくなる」といった説明が成り立つ場面はあります。

この章の要点

拒否権の対象になっていることがあります。会社にとっての有益性を説明してください。

税務の論点

自己株式の取得には、税務上の論点が複数あります。会社側と、売却する株主側の両方に影響します。

1つ目が実務で効きます。株主にとって、株式を第三者に売った場合と、会社に買い取ってもらった場合とで、税の扱いが変わることがあります。手取りが想定と違ってくるため、事前に伝えてください。

2つ目も会社側の実務になります。源泉徴収の義務があるのに行っていないと、後から問題になります。

いずれも個別の判断が必要です。取得を決める前に、税理士に確認してください。当編集部では個別の税務判断はできません。

この章の要点

みなし配当と源泉徴収が実務の論点です。決める前に税理士に確認してください。

買えないときの代わりの手

分配可能額が足りない、あるいは資金を使いたくない場合の選択肢です。

手 内容 注意点
他の創業者が買う 個人が買い取る 個人の資金が必要。株価が上がるほど難しい
会社が指定する第三者が買う 既存の投資家などに引き受けてもらう 相手の意向しだい
分割して買う 複数の期に分けて取得する 分配可能額が回復するのを待つ
買わずに整理する 議決権の扱いを契約で定める 株主としては残る

4つ目は根本的な解決になりませんが、当面の意思決定への影響を抑えることはできます。議決権行使の委任や、重要事項での賛成義務を契約で定める形です。

実務では、買い手を会社だけに限定しない設計にしておくことが対策になります。創業株主間契約の段階で、買い手の候補と順番を決めておいてください。

この章の要点

買い手を会社だけに限定しない設計を、契約の段階でしておいてください。

判断の順序

順 確認すること ここで止まる場合
1 分配可能額があるか なければ、会社では買えない
2 投資家の同意が要るか 拒否権の対象なら、先に相談
3 他の株主にも売る機会が生じるか 想定より多く買うことになる
4 価格の算定方法を決める 税務上の論点を確認
5 取得後のランウェイを計算する 時間との引き換えを判断
6 保有するか消却するかを決める —

1番で止まることが多くあります。先に分配可能額を確認してから、他の検討に入ってください。買えない前提なら、他の買い手を探す話に切り替わります。

この章の要点

最初に分配可能額を確認します。ここで結論が出ることが多くあります。

チェックリスト

取得を検討するときに

  • 直近の決算にもとづく分配可能額を、会計士に確認した
  • 取得したい金額が、その範囲に収まっている
  • 投資契約・株主間契約で、拒否権の対象になっていないか確認した
  • 定款の種類株式の内容を確認した
  • 他の株主にも売る機会が生じるかを確認した
  • 価格の算定方法と根拠を書面にした
  • みなし配当と源泉徴収について、税理士に確認した
  • 売却する株主に、税の扱いを事前に伝えた
  • 取得後のランウェイを計算した
  • 保有するか消却するかを決めた
  • 会社以外の買い手の候補も検討した
この章の要点

1番と2番で、進められるかどうかがほぼ決まります。

よくある質問

Q. 調達した資金で自己株式を買えますか
現金があることと、買えることは別です。分配可能額の範囲内である必要があり、赤字が続いていれば足りません。まず分配可能額を確認してください。
Q. 分配可能額は、どう確認しますか
会計士または税理士に計算してもらってください。貸借対照表を見れば概算はつきますが、正確な計算には会社法の定めに沿った調整が必要です。
Q. 他の株主にも売る機会を与えないことはできますか
定款に定めを置くことで対応できる場合があります。ただし設立時の定款には入っていないことが多く、定款の変更が必要になります。弁護士に確認してください。
Q. 取得した株式を、そのまま持っていても問題ありませんか
問題ありません。議決権がないため、他の株主の議決権比率が相対的に上がります。使い道が決まるまで保有し、後で処分または消却することもできます。
Q. 消却すると、資本金は減りますか
消却は発行済株式総数を減らす手続きで、資本金の額とは別の話です。資本金を減らすには、別途の手続き(減資)が必要になります。
Q. 売却する株主の税負担は、どうなりますか
第三者に売った場合と扱いが異なることがあります。みなし配当として扱われる部分があると、税率も変わります。株主本人にも税理士に確認してもらってください。
Q. 離脱した創業者が、会社に買い取れと言ってきました
契約に定めがあるか確認してください。定めがなければ、会社に買い取る義務はありません。定めがある場合も、分配可能額の範囲でしか買えません。
Q. 投資家から反対されたら、進められませんか
拒否権の対象であれば、同意なく進められません。なぜ必要かを説明し、会社にとっての有益性を示してください。金額を分けて、基準額以下に収める方法が取れることもあります。
Q. 分割して買うのは有効ですか
分配可能額が期をまたいで回復する見込みがあれば有効です。ただし相手の同意が必要ですし、その間は株主として残ります。契約に、分割での支払いを定めておく形もあります。
Q. 上場企業の自己株式取得と、何が違いますか
目的が違います。上場企業では株主還元や資本効率の改善として行われますが、未上場では特定の株主から引き取ることが目的になります。財源の制限は同じように適用されます。
Q. 次の調達の前に、株主を整理すべきですか
事業に関わっていない株主が大きな比率を持っている場合、投資家から指摘されることがあります。ただし、整理にかかる資金と時間を考えると、そのまま進めるほうがよい場面もあります。両方を比べてください。
Q. 契約を作る段階で、何を入れておけばよいですか
買い手を会社に限定せず、他の創業者や会社が指定する第三者も買えるようにしておいてください。会社が買えない場面が実際に起こるためです。創業株主間契約の記事で扱っています。
Q. 資本金を減らして分配可能額を作れますか
制度としては可能ですが、債権者が異議を述べる機会を設ける手続きが必要で、時間がかかります。取引先や金融機関への説明も生じます。自己株式の取得のためだけに行うのは、負担が大きい選択です。弁護士と会計士に確認してください。

創業者が保有株を売却する場合の考え方は 創業者のセカンダリー売却はいつ認められるか の記事で扱っています。

出典

  • 会社法 第155条(自己株式の取得)、第156条〜第160条(取得の手続)、第178条(自己株式の消却)、第461条(配当等の制限)— e-Gov法令検索
  • 国税庁 — 国税庁