
セカンダリー売却とは、すでに発行されている株式を、株主が第三者に売ることです。会社が新しく株式を発行して資金を集める「新株発行」とは、まったく別の取引です。
創業者のセカンダリーは、創業者が自分の持株の一部を、投資家に売って現金を受け取る取引を指します。ラウンドと同時に行われることが多く、「今回のラウンドで3億円調達し、あわせて創業者が5,000万円分を売却する」という形になります。
ここで押さえておくべきなのは、資金が会社に入らないという点です。プライマリーなら調達した現金は会社の運転資金になりますが、セカンダリーで動いた現金は創業者個人のものになります。この違いが、後で見るすべての論点の出発点です。
セカンダリーは既存株式の売買。会社に資金は入らず、売った株主に入ります。
創業者が株式を売って現金を得ることに、投資家が慎重になるのには理由があります。感情論ではなく、構造の問題です。
| 投資家の懸念 | その中身 |
|---|---|
| 動機が弱まる | まとまった現金を手にすると、事業を伸ばしきる必要性が下がるのではないか |
| 資金の向き先 | 会社を伸ばすために出した資金が、創業者個人に流れる形になる |
| 評価額の意味 | 高い評価額を受け入れたのに、その価格で創業者が売り抜けているように見える |
| 先例になる | 一度認めると、次のラウンドでも同じ要求が出る |
| 他の株主との公平 | 初期の株主や従業員は売れないのに、創業者だけが現金化する |
とくに2番目は直接的です。投資家がプライマリーで3億円を出すつもりでいたところに、「そのうち5,000万円は創業者に渡す」という話が乗ると、事業に投じられる金額は2.5億円に減ります。同じ評価額で、会社に入る金額が少なくなるということです。
3番目は、投資家が高い評価額を飲む理由と矛盾します。投資家は「この価格でも将来もっと上がる」と考えて出資します。その価格で創業者が売るなら、創業者自身はそう思っていないのではないかと読まれます。
投資家が納得するのは、創業者が現金を望んでいるからではなく、現金がないことが事業の判断を歪めていると示せたときです。この違いが交渉の分かれ目になります。
懸念の核は動機と、資金の向き先。感情ではなく構造の問題として扱ってください。
実務では、次のような整理で議論されます。
| 場面 | 認められやすさ | 理由 |
|---|---|---|
| 創業から年数が経ち、無給に近い期間が長い | 高い | 生活の基盤が細っていると、判断が短期に寄る |
| 個人保証つきの借入を抱えている | 高い | 個人のリスクが、会社の意思決定を縛っている |
| シリーズB以降で、事業が伸びている | 中〜高 | 実績が出ており、売却が撤退の合図に見えにくい |
| 住宅購入など、明確な使途がある | 中 | 金額が限定され、繰り返しの要求になりにくい |
| シードやシリーズAの段階 | 低い | 事業がまだ証明されておらず、動機の話が前面に出る |
| 直近で業績が落ちている | 低い | 売り抜けと読まれる |
| 創業者が複数いて、一部だけが売る | 低い | 創業者間の不均衡が持ち込まれる |
もっとも通りやすいのは、「創業者の個人的な財務状況が、会社の判断に悪影響を与えている」と客観的に言える場合です。たとえば、早期のM&A提案を断る判断をしなければならないときに、創業者が個人的に現金を必要としていると、その判断が歪みます。投資家にとっても、それは困ります。
逆に、いちばん通りにくいのはシード〜シリーズAです。この段階では、投資家が見ているのはほぼ創業者本人であり、そこに退出の気配があることを嫌います。
鍵は段階と、個人の財務が会社の判断を歪めているかどうか。早い段階ほど通りません。
決まった基準はありません。ここは交渉です。ただし、議論の土俵として持ち出されやすい考え方はあります。
投資家との議論で出てくるのは、おおむね次の3つの考え方です。いずれも相場ではなく、交渉の材料として理解してください。
| 考え方 | 中身 | 注意点 |
|---|---|---|
| 調達額に対する割合で決める | 今回のラウンドの調達額の範囲内に、はっきり収める | 調達額が大きいラウンドでしか成立しない |
| 持株比率の減少幅で決める | 創業者比率が一定の水準を下回らないところまで | 比率が低い創業者は、そもそも売れない |
| 必要額から積み上げる | 借入の返済、生活費の確保など、使途から金額を出す | いちばん説明しやすいが、金額は小さくなる |
実務で通りやすいのは3番目です。「いくら欲しいか」ではなく「何のためにいくら必要か」から組み立てると、投資家が判断できる形になります。金額が小さくなりますが、通らなければゼロです。
また、売却後も創業者が筆頭株主として十分な比率を持っていることは、ほぼ必ず条件になります。比率がどう動くかは 希薄化の計算 の記事で扱っています。
相場はありません。使途から積み上げるのがもっとも通りやすい組み立てです。
売却先によって、手続きも価格も難易度も変わります。
| 買い手 | 特徴 | 難易度 |
|---|---|---|
| 今回のラウンドの新規投資家 | ラウンドと同時に実行できる。もっとも多い形 | 中 |
| 既存投資家 | 会社をよく知っており、価格の議論が早い | 中 |
| セカンダリー専門のファンド | 既存株式の買い取りを専門にしている | 中〜高 |
| 会社(自己株式の取得) | 財源の制限がかかる。別記事で扱う | 高 |
| その他の第三者 | 投資家が嫌う。株主として誰が入るかの問題 | 高 |
いちばん現実的なのは1番目です。ラウンドの条件交渉の中に組み込んでしまうことで、別途の交渉をしなくて済みます。ラウンドが終わった後に持ち出すと、投資家からは「話が違う」となります。
最後の「その他の第三者」は、事実上ほぼ通りません。既存株主から見れば、知らない相手が株主名簿に入ってくる話であり、これを止めるために先買権や譲渡制限があります。
今回のラウンドの投資家に売る形がもっとも現実的。ラウンド後に持ち出さないでください。
ここが実務でもっとも誤解される点です。創業者が持っているのは普通株であり、ラウンドの優先株と同じ価格では売れません。
優先株には、優先分配や拒否権などの権利が付いています。普通株にはそれがありません。権利が少ない分、価格は下がります。
したがって、ラウンドの1株単価がそのままセカンダリーの価格になることは、原則としてありません。実務では、ラウンド価格から一定の割引をした水準で交渉されます。割引幅に決まった数字はなく、優先株に付いている権利の重さ、会社の段階、買い手の性質によって変わります。
買い手側から見ても事情があります。セカンダリーで買った株式は普通株ですから、買い手も優先分配を受けられません。同じ金額を出すなら新株(優先株)を買ったほうがよいわけで、それでもセカンダリーを買うなら、価格が下がっていなければ理屈が合いません。
| 論点 | 売り手(創業者)の立場 | 買い手(投資家)の立場 |
|---|---|---|
| 基準価格 | ラウンド価格に近づけたい | 普通株として評価したい |
| 権利 | 権利の差は小さいと主張 | 優先分配・拒否権の差は大きいと主張 |
| 流動性 | 買い手が現にいる | 未上場株で、出口が読めない |
| 数量 | まとめて売りたい | 量が増えれば価格は下がる |
なお、買い手が優先株としての権利を引き継げるかどうかは、定款の定めによります。多くの場合、普通株を買っても普通株のままです。ここを前提にせずに価格交渉を始めると、後で崩れます。
創業者が持つのは普通株。ラウンド価格からの割引が前提になります。
個人が株式を売却して利益が出た場合、譲渡所得として20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)が課されます。給与所得などとは分けて計算される、申告分離課税です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 売却代金 | 5,000万円 |
| 取得費(創業時に払い込んだ額) | ほぼゼロ |
| 譲渡益 | 約5,000万円 |
| 税額(20.315%) | 約1,015万円 |
| 手取り | 約3,985万円 |
創業時に1株1円などで引き受けている場合、取得費はほぼゼロになるため、売却代金のほぼ全額が課税対象になります。「5,000万円売った」と「5,000万円入る」は違います。使途から金額を積み上げるときは、この20%分を先に差し引いてください。
取得費がわからない場合は、売却代金の5%を取得費とみなす扱い(概算取得費)が使えます。創業時の払込金額が小さいなら、こちらのほうが有利になることもあります。
会社(発行会社)に売却すると、受け取った金額の一部がみなし配当として扱われ、総合課税になることがあります。税率が上がる可能性があるため、会社への売却を検討するなら先に税理士に確認してください。
また、個人が法人に時価より著しく低い価額で譲渡した場合、時価で譲渡したものとみなして課税される規定があります。価格を低く設定して税を抑える、という考え方は取れません。
約20%が税で引かれます。手取りベースで金額を設計してください。
未上場のスタートアップの株式は、ほぼすべて譲渡制限株式です。定款に「株式の譲渡には会社の承認を要する」と書かれています。
| 手順 | 内容 | 誰が |
|---|---|---|
| 1 | 譲渡承認の請求(譲渡する相手と株数を示す) | 売る株主 |
| 2 | 承認するかどうかの決定 | 取締役会(無ければ株主総会) |
| 3 | 請求者への通知 | 会社 |
| 4 | 株式譲渡契約の締結、代金の授受 | 売り手・買い手 |
| 5 | 株主名簿の書き換え | 会社 |
注意すべきは2番です。創業者自身が代表取締役であっても、自分の株式の譲渡承認については特別利害関係人にあたり、その決議に加われません。取締役会の他のメンバーだけで決めることになります。取締役が2名で片方が創業者、という構成だと、実質的に1名で決めることになります。
また、会社が承認しない場合、会社または会社が指定する買取人が買い取る手続きに進みます。ただしこれは、会社側に買い取りの資金と財源が要る話であり、実際にはあまり使われません。
承認は取締役会。創業者本人はその決議に加われません。構成を先に確認してください。
定款の譲渡制限とは別に、株主間契約に書かれた権利が先に働きます。こちらのほうが、実務では強く効きます。
| 権利 | 内容 | 創業者への影響 |
|---|---|---|
| 先買権 | 第三者に売る前に、既存株主が同じ条件で買える | 買い手を自分では選べない |
| 共同売却権 | 創業者が売るなら、投資家も同じ条件で一緒に売れる | 売れる株数が減る |
| 譲渡の事前通知義務 | 売る前に投資家へ通知する | 交渉が始まる前に知られる |
| 売却の禁止・上限 | 一定期間、または一定比率を超える売却を禁止 | そもそも売れない |
とくに共同売却権は見落とされがちです。買い手が5,000万円分しか買わないなら、投資家が一緒に売った分だけ創業者の取り分が減ります。比率に応じて按分されるのが通常で、創業者だけが全額を売ることはできません。
これらの権利は 株主間契約 に書かれています。売却を考えるなら、投資家に話を持っていく前に、まず自社の株主間契約を読み返してください。すでに禁止されていることもあります。
先買権と共同売却権が先に働きます。契約を読むのが最初の一手です。
買い手を探す代わりに、会社に買い取らせるという選択肢があります。ただし、これは別の制約に入ります。
| 項目 | 投資家に売る | 会社に売る(自己株式の取得) |
|---|---|---|
| 資金の出どころ | 買い手の資金 | 会社の現金 |
| 金額の上限 | 買い手の意欲しだい | 分配可能額の範囲内 |
| 赤字の会社 | 影響しない | 買えないことが多い |
| 税の扱い | 譲渡所得(分離課税) | みなし配当を含む可能性 |
| 他の株主 | 先買権・共同売却権 | 他の株主にも売る機会が生じうる |
| ランウェイ | 変わらない | 買った金額だけ短くなる |
赤字が続いているスタートアップでは、分配可能額がそもそもゼロで、会社は1円も買えないのが普通です。手元に調達した現金があっても関係ありません。詳しくは 自己株式の取得 の記事で扱っています。
会社に売る道は分配可能額で塞がれていることが多い。第三者への売却が現実的です。
セカンダリーでは新株が発行されないため、発行済株式総数は変わりません。希薄化は起きず、動くのは創業者の比率だけです。
| 株主 | 売却前 | 比率 | 売却後 | 比率 |
|---|---|---|---|---|
| 創業者 | 600,000株 | 60.0% | 500,000株 | 50.0% |
| 投資家A | 250,000株 | 25.0% | 350,000株 | 35.0% |
| その他 | 150,000株 | 15.0% | 150,000株 | 15.0% |
| 合計 | 1,000,000株 | 100% | 1,000,000株 | 100% |
創業者が100,000株を投資家Aに売ると、創業者は60%から50%に、投資家Aは25%から35%になります。総数は1,000,000株のまま変わりません。
ここで見ておくべきなのは、この売却が次のラウンドの希薄化と重なることです。セカンダリーで50%まで下がったところに、次のラウンドで20%の希薄化が起きれば、創業者は40%になります。売却の時点では十分に見えても、2ラウンド先で過半数を大きく割ることがあります。
今回の売却後の比率ではなく、その後に想定される調達を反映させた比率で判断してください。売却は取り消せません。
総数は変わらず、創業者の比率だけが下がります。次のラウンドの希薄化と重ねて見てください。
見落とされやすい副作用があります。セカンダリーの価格が、その後のストックオプションの行使価額の根拠にされることがあるという点です。
税制適格ストックオプションは、行使価額が付与時点の株式の時価以上でなければなりません。この「時価」を算定するとき、直近で実際に普通株が売買された価格があれば、有力な参考情報になります。
| 状況 | その後のSOへの影響 |
|---|---|
| セカンダリーで普通株が1株500円で売買された | 以後のSOの行使価額が、その水準を意識した金額になりうる |
| 行使価額が上がる | 付与された従業員の手取りが減る |
| 行使に必要な資金が増える | 行使のハードルが上がる |
つまり、創業者が高く売れば売るほど、その後に入社する人のストックオプションの条件は悪くなる方向に働きます。価格交渉の前に、次の付与予定があるかを確認してください。詳しくは 税制適格ストックオプション の記事で扱っています。
セカンダリー価格はその後のSOの行使価額に波及しうる。付与予定と合わせて考えてください。
交渉の場で通るかどうかは、金額よりも説明の順序で決まります。次の順で組み立ててください。
| 順 | 伝えること | 避けること |
|---|---|---|
| 1 | 今の個人の財務状況が、会社の判断にどう影響しているか | 「頑張ってきたので」という功労の話 |
| 2 | 何のために、いくら必要か(使途と金額) | 「できるだけ多く」という言い方 |
| 3 | 売却後も筆頭株主であり、比率が十分であること | 比率を示さずに金額だけ出すこと |
| 4 | これが一度きりであること、次回は求めないこと | 次回以降を曖昧にしたままにすること |
| 5 | 売却後のコミットメント(在籍期間など)を書面にする用意があること | 口頭での意思表明だけで済ませること |
5番は有効です。セカンダリーと引き換えに、一定期間の在籍義務や、追加のベスティングを受け入れるという形が取られることがあります。投資家の最大の懸念が「動機が弱まること」である以上、そこに直接答える条件を出すのが近道です。
ベスティングの考え方は 創業株主間契約とベスティング の記事で扱っています。
功労ではなく会社の判断への影響から話す。引き換え条件を自分から出すと通りやすくなります。
順番を間違えると、途中で止まります。
| 順 | やること | 確認先 |
|---|---|---|
| 1 | 株主間契約・投資契約で、売却が禁止・制限されていないか読む | 弁護士 |
| 2 | 先買権・共同売却権が働いた場合に、実際に売れる株数を計算する | 自社 |
| 3 | 使途から必要額を出し、税引後の手取りで逆算する | 税理士 |
| 4 | 売却後・次ラウンド後の比率を計算する | 自社 |
| 5 | ラウンドの条件交渉の中で、投資家に提案する | 投資家 |
| 6 | 価格を合意する(普通株としての評価) | 投資家・税理士 |
| 7 | 譲渡承認の請求と、取締役会の決議 | 会社 |
| 8 | 株式譲渡契約の締結、代金の授受、株主名簿の書き換え | 弁護士 |
| 9 | 翌年の確定申告(申告分離課税) | 税理士 |
1番と2番を飛ばして投資家に話を持っていくと、「契約で禁止されている」で終わります。先に自社の書類を読んでください。
最初は交渉ではなく契約を読むこと。売れる株数の上限が、そこで決まっています。
1番から3番で、売れるかどうかと、売れる量がほぼ決まります。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。