
継続課金のサービスを提供している会社が、売掛金を担保に資金を調達しようとすると、想定よりはるかに小さい金額しか出ないことがあります。
年間の経常収益が1.2億円あっても、月次で請求・回収していれば、いつ見ても売掛金は1か月分の1,000万円しかありません。担保になるのは、この1,000万円です。
これが、継続課金モデルの会社が債権担保では大きな金額を調達しにくい理由です。事業の規模と、担保になる資産の大きさが一致しません。
継続課金モデルは売掛金が薄い。事業規模と担保の大きさが一致しません。
MRR 1,000万円(ARR 1.2億円)の会社で、請求と回収の条件による違いを見ます。
| 請求・回収の形 | 売掛金の残高 | ARRに対する割合 |
|---|---|---|
| 月次請求・当月末回収 | 1,000万円 | 約8% |
| 月次請求・翌月末回収 | 2,000万円 | 約17% |
| 年次請求・後払い | 最大1.2億円(時期による) | — |
| 年次請求・前払い | ほぼ0円 | 0% |
同じARRでも、請求と回収の条件で売掛金の残高がまったく違います。担保として使えるのは、この残高だけです。
さらに、ここに掛け目がかかります。売掛金1,000万円に掛け目70%なら、担保評価は700万円です。ARR 1.2億円の会社が調達できる金額としては、小さいと感じるはずです。
同じARRでも、請求と回収の条件で売掛金の残高が変わります。
ここに、この記事でもっとも重要な構造があります。
| 形 | 資金繰り | 担保になる売掛金 |
|---|---|---|
| 年次・前払い | 非常に楽 | ない |
| 月次・後払い | 普通 | 1〜2か月分 |
| 年次・後払い | 苦しい | 多い |
前払いにすれば現金が先に入るので、そもそも資金調達の必要性が小さくなります。その代わり、売掛金という担保はありません。逆に、後払いで資金繰りが苦しい会社ほど、売掛金は厚くなります。
つまり、売掛金を担保に資金を調達したいなら、まず「なぜ資金が必要なのか」を確認してください。前受けを増やせば、そもそも必要額が減ることがあります。
前受金と売掛金の違いは 前受金と売掛金では、資金繰り上の意味が違う の記事で扱っています。
資金繰りが楽な形ほど担保がありません。必要性から確認してください。
継続課金の「将来の売上」は、確実性によって3つの層に分かれます。
| 層 | 状態 | 担保としての扱い |
|---|---|---|
| ①確定している債権 | 提供済み・請求済み・未入金 | 通常の売掛金として評価される |
| ②契約はあるが、未請求 | これから提供する分 | 将来債権。評価は下がる |
| ③契約もない将来の売上 | 新規獲得の見込みなど | 担保にならない |
ARRは「いまの契約が1年続いた場合の収益」を表す数字です。そのうち担保として確実に評価されるのは①だけで、②は割り引かれ、③は含まれません。
ARRには②と③が含まれます。確実に評価されるのは①だけです。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 提供 | 済んでいる(その月の利用分) |
| 請求 | 済んでいる |
| 金額 | 確定している |
| 評価 | 通常の売掛金と同じ |
これは、通常の売掛金として扱われます。取引先の信用力、集中度、回収の実績で掛け目が決まります。
評価の仕組みは 金融機関は売掛金の何を評価しているか の記事で扱っています。
継続課金のサービスでは、契約者が個人や小規模事業者であることが多いのが特徴です。1件あたりの金額が小さく、信用力も測りにくいため、掛け目は低くなる傾向があります。
①は通常の売掛金。ただし契約者が個人だと掛け目が下がります。
ここが判断の難しい層です。契約は存在するが、まだ提供も請求もしていない分です。
| 評価を左右する点 | 内容 |
|---|---|
| 解約できるか | いつでも解約できるなら、債権は発生しない |
| 最低利用期間 | 定めがあれば、その分は確実性が上がる |
| 契約期間 | 年契約か、月ごとの自動更新か |
| 解約率の実績 | 過去のデータがあるか |
| 提供の義務 | 自社がサービスを提供し続けられるか |
月ごとの自動更新で、いつでも解約できる契約では、将来の債権が発生する保証がありません。担保として評価するのが難しくなります。
5番目も見落とされやすい点です。将来債権が発生するには、自社がサービスを提供し続ける必要があります。会社が事業を続けられなくなれば、債権も発生しません。担保を実行する場面では、まさにそれが起きている可能性があります。
「いつでも解約できる」契約は担保になりにくい。提供義務も残ります。
| 例 | 扱い |
|---|---|
| 新規獲得の見込み | 担保にならない |
| アップセルの見込み | 同上 |
| 契約更新の見込み | 契約が更新されてから |
事業計画としては重要な数字ですが、担保としては評価されません。債権が特定できないためです。
ただし、融資の審査では、返済原資として説明する材料にはなります。担保の話と、返済能力の話は別です。この点は 返済原資の説明 の記事で扱っています。
③は担保になりません。ただし返済原資の説明には使えます。
| 難しさ | 内容 |
|---|---|
| 発生するか分からない | 解約されれば発生しない |
| 自社の継続が前提 | 提供できなければ、債権も発生しない |
| 債務者が多数で小口 | 1件ずつ回収するのが現実的でない |
| 債務者が個人 | 信用力が測りにくい |
| 評価の方法 | 確立した基準がない |
| 実行の難しさ | 多数の利用者に通知して回収するのは、現実的でない |
不動産や在庫の担保は、会社が倒れても資産として残ります。しかし継続課金の将来債権は、会社がサービスを提供できなくなれば、そもそも発生しません。担保として実行する場面では、その前提が崩れています。
この構造があるため、銀行のABLでは、継続課金の将来債権を担保として大きく評価することが難しくなっています。法律上できないのではなく、実行時の価値が読めないためです。
将来債権の譲渡自体は、集合債権譲渡担保 の記事のとおり法律上は可能です。問題は、評価と実行です。
根本的な問題は、会社が倒れれば債権も発生しないことです。
将来債権を評価しようとするなら、解約率が中心の指標になります。
| 指標 | 意味 |
|---|---|
| 月次解約率 | 1か月に解約される割合 |
| 金額ベースの解約率 | 件数ではなく金額で見た解約 |
| 継続期間の分布 | どのくらい使われているか |
| 過去のデータの長さ | 何年分の実績があるか |
解約率が低いと主張しても、データがなければ材料になりません。創業から日が浅い会社は、実績の蓄積そのものが足りないため、評価が難しくなります。
件数ベースではなく金額ベースの解約率を見てください。小口の顧客が多数解約しても金額の影響は小さく、大口が1件解約すれば大きく効きます。
指標は金額ベースの解約率。データの蓄積がなければ評価できません。
月次解約率から、平均してどのくらい契約が続くかを見ます。
| 月次解約率 | 平均継続月数(1 ÷ 解約率) | 年に直すと |
|---|---|---|
| 1% | 100か月 | 約8.3年 |
| 2% | 50か月 | 約4.2年 |
| 5% | 20か月 | 約1.7年 |
| 10% | 10か月 | 約0.8年 |
月次解約率が2%なら、平均して50か月続く計算になります。10%なら10か月です。
平均継続月数が50か月でも、50か月分の債権が担保として評価されることはありません。将来になるほど不確実性が増し、自社の継続も前提になるためです。この計算は、事業の質を示す材料として使ってください。
実務的には、解約率が低く安定していることを示せれば、融資の審査で返済原資の説明に使えます。担保評価より、そちらでの価値のほうが大きくなります。
解約率は担保評価より、返済原資の説明で効きます。
| 契約の形 | 将来債権の確実性 | 資金繰り |
|---|---|---|
| 年契約・前払い | —(売掛金が発生しない) | 最も楽 |
| 年契約・後払い(月次請求) | 高い(解約しにくい) | 普通 |
| 月契約・自動更新 | 低い(いつでも解約できる) | 普通 |
2番目の形が、担保としてはもっとも評価されやすい構成です。年間の契約があるため将来の債権が発生する確実性が高く、月次で請求するため売掛金も一定額が残ります。
担保の評価と、資金繰りの楽さは別の話です。前払いにすれば、そもそも調達の必要性が減ります。どちらを取るかは、事業の状況によります。
担保としては年契約・月次請求が有利。ただし前払いのほうが資金繰りは楽です。
| 条項 | 将来債権への効果 |
|---|---|
| 最低利用期間 | その期間の債権は、確実性が上がる |
| 中途解約時の違約金 | 解約されても、一定額が発生する |
| 解約の予告期間 | 即日の解約を防ぐ |
| 自動更新の条項 | 更新の手続きがなくても継続する |
| 期間途中の返金の定め | 返金する定めがあると、確実性が下がる |
契約者が消費者の場合、中途解約の制限や違約金の定めには、消費者契約法などによる制約があります。事業者向けと同じ設計はできません。契約を作るときは弁護士に確認してください。
また、特定の役務提供に該当する取引では、中途解約や書面の交付について法令上の定めがあります。該当するかを確認してください。
最低利用期間が確実性を上げます。ただし消費者向けには制約があります。
担保としてではなく、返済原資として将来の売上を使うという考え方があります。
| 形 | 内容 |
|---|---|
| 将来の売上の一定割合を返済に充てる | 売上が減れば返済額も減る設計 |
| ベンチャーデット | 融資+新株予約権 |
| 通常の融資 | 返済原資として、継続収益の安定性を説明する |
| エクイティ | 返済不要 |
1番目のような形を提供する事業者が増えています。担保を取るのではなく、将来の売上に連動して返済する設計です。
「売上の◯%を返済」という形は、そのままでは年率が分かりません。総返済額と返済期間から、年率に換算して他の手段と比べてください。手数料の比べ方は 債権を使った調達のコストの比べ方 の記事で扱っています。
3番目も現実的です。解約率が低く、継続収益が安定していることは、返済能力の説明として強い材料になります。担保がなくても、返済原資が説明できれば融資は検討されます。
担保ではなく返済原資として説明する道があります。年率に換算して比べてください。
| 状況 | 現実的な手段 |
|---|---|
| 売掛金が1〜2か月分ある | その範囲でABL・債権譲渡 |
| 解約率が低く、実績がある | 通常の融資(返済原資として説明) |
| 黒字化している | 通常の融資。金額も伸ばせる |
| 赤字で成長中 | エクイティ、または創業向けの制度 |
| 前払いに変えられる | そもそも調達額を減らせる |
| ラウンドの間をつなぐ | 希薄化しないデット |
最後から2番目を先に検討してください。年払いへの切り替えや、着手金の導入で、必要額そのものが減ることがあります。
融資とエクイティの配分は 融資とエクイティの比率 の記事で扱っています。
継続課金モデルでは、売掛金が薄いため債権担保で大きな金額は取れません。返済原資の説明で通常の融資を受けるか、エクイティを使うほうが現実的です。
債権担保にこだわらず、返済原資の説明で通常の融資を検討してください。
1番から。売掛金が実際にいくらあるかを、まず確認してください。
この記事は債権による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。