
売掛金を担保にする場合、個別の債権を1本ずつ担保に取る方法もあります。しかし実務では、一定の範囲の債権をまとめて担保にする形が多く使われます。これが集合債権譲渡担保です。
今月の売掛金は来月には入金されて消え、新しい売掛金が発生します。1本ずつ担保に取っていては、そのたびに手続きが必要になります。だから「範囲」で捉えて、まとめて担保にします。
売掛金は入れ替わるので、範囲でまとめて担保にします。
| 項目 | 個別の債権譲渡担保 | 集合債権譲渡担保 |
|---|---|---|
| 対象 | 特定の債権1本ずつ | 一定の範囲に属する債権すべて |
| 将来の債権 | 含まない | 含む |
| 手続き | 債権が発生するたびに必要 | 一度設定すれば継続する |
| 対抗要件 | 個別に備える | 設定時にまとめて備える |
| 担保の範囲 | 限定的 | 広い |
| 実務での利用 | 少ない | ABLの標準的な形 |
違いは「将来発生する債権も含むかどうか」です。集合債権譲渡担保では、設定の時点でまだ存在しない債権も対象になります。
この将来債権の譲渡は、2020年の民法改正で明文化されました。それ以前も判例で認められていましたが、条文上も明確になっています。
違いは将来債権を含むか。だから一度設定すれば継続します。
まだ発生していない債権を対象にするには、「どの範囲か」を特定できる必要があります。
| 特定の要素 | 例 |
|---|---|
| 債務者 | 「○○株式会社に対する」 |
| 取引の種類 | 「継続的商品売買契約にもとづく」 |
| 発生の期間 | 「令和×年×月×日から×年間に発生する」 |
| 債権の種類 | 「売掛債権」 |
この4つを組み合わせて、「○○社に対する、継続的商品売買契約にもとづき、令和×年×月から3年間に発生する売掛債権」のように特定します。
「すべての取引先に対する売掛債権」という形も可能です。ただしこの場合、債権譲渡登記の存続期間は10年が上限になります。債務者がすべて特定していれば50年です。
登記の実務は 債権譲渡登記の費用と期間 の記事で扱っています。
債務者・取引の種類・発生期間で特定します。範囲の広さは交渉の対象です。
この記事の主題です。結論から言えば、平時は何も変わりません。
| 項目 | 担保設定の前 | 担保設定の後(平時) |
|---|---|---|
| 請求書の発行 | 自社が行う | 変わらない |
| 入金先の口座 | 自社の口座 | 変わらない |
| 入金された資金の使途 | 自由 | 原則として自由 |
| 取引先への通知 | — | 通常は行わない(登記で対抗要件を備える) |
| 取引先の認識 | — | 通常は知らない |
よくある誤解です。平時は、これまでどおり自社の口座に入金され、自由に使えます。担保権が実行されるまでは、日常の資金の流れは変わりません。
これを可能にしているのが、次の章で扱う取立権限の留保という仕組みです。
平時は入金も使途も変わりません。実行されるまでは日常どおりです。
集合債権譲渡担保では、債権は形式上は担保権者に譲渡されますが、取り立てる権限は設定者(自社)に留保されます。
| 項目 | 誰に属するか |
|---|---|
| 債権の帰属(形式上) | 担保権者(金融機関など) |
| 取り立てる権限 | 設定者(自社)に留保 |
| 入金の受領 | 自社 |
| 受領した資金の処分 | 契約による(通常は自由) |
この構造により、担保としての効力は確保しつつ、日常の事業は妨げないという両立ができます。
受領した資金の使途に制限があるか、専用口座への入金が求められるか——契約によっては制限が付くことがあります。「自由に使える」と思い込まず、契約書で確認してください。
また、取立権限は担保権者が撤回できます。撤回されれば、その時点から自社は取り立てられなくなります。これが次の章の「実行」です。
取立権限が自社に留保されているから、平時は変わりません。撤回されうる点に注意。
月商3,000万円、回収サイト2か月の会社で、売掛金を担保にABLを受けた場合を見ます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 月商 | 3,000万円 |
| 売掛金の残高(2か月分) | 6,000万円 |
| 担保評価の掛け目 | 70% |
| 借入できる上限の目安 | 4,200万円 |
| 毎月の入金 | 3,000万円(自社の口座へ) |
| 毎月の使途 | 仕入れ、人件費など。従来どおり |
6,000万円の売掛金が担保に入りますが、毎月3,000万円の入金はこれまでどおり自社の口座に入ります。担保の対象は入れ替わり続け、常に約6,000万円分が担保に入っている状態が保たれます。
掛け目は債権の質によって変わります。取引先の信用力、回収の実績、集中度などで評価されます。詳しくは 金融機関は売掛金の何を評価しているか の記事で扱っています。
担保の対象は入れ替わり続けます。入金は従来どおり自社に入ります。
担保権が実行されると、状況が一変します。
| 項目 | 平時 | 実行後 |
|---|---|---|
| 取立権限 | 自社 | 担保権者に移る |
| 取引先への通知 | 行わない | 行われる |
| 入金先 | 自社の口座 | 担保権者へ |
| 取引先の認識 | 知らない | 知ることになる |
| 取引への影響 | — | 大きい |
担保権者が直接取り立てるには、取引先への通知が必要です。つまり実行されれば、すべての対象取引先に知られます。「知られない」のは、実行されない限りという前提です。
そして、入金が止まれば事業が回りません。仕入れも人件費も、その入金から払っているためです。実行は、事実上、事業の継続を難しくします。
実行されれば取引先に知られ、入金が止まります。事業の継続が難しくなります。
| 引き金 | 内容 |
|---|---|
| 返済の延滞 | もっとも典型的 |
| 期限の利益の喪失 | 契約で定められた事由に該当したとき |
| 財務制限条項への抵触 | 純資産や利益の水準を下回った |
| 報告義務の不履行 | 債権明細の提出を怠った |
| 他の債権者による差押え | — |
| 虚偽の報告 | 存在しない債権を計上した等 |
4番目と6番目は、返済が正常でも実行の引き金になりうる点に注意してください。報告を怠ったり、実態と違う明細を出したりすると、契約違反になります。
何が起きると実行されるのか、契約書に列挙されています。財務制限条項がある場合は、その水準が達成可能かを過去の実績と照らして確認してください。
期限の利益喪失事由を必ず読む。報告義務の不履行も引き金になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| いつ備えるか | 担保設定の時点 |
| 方法 | 債権譲渡登記(通常) |
| 将来債権 | 発生前でも、設定時の対抗要件で足りる |
| 債務者対抗要件 | 実行の時点で通知する |
3番目が重要です。まだ発生していない債権についても、設定時に備えた対抗要件で足ります。債権が発生するたびに手続きをする必要はありません。
これにより、他の債権者が後から同じ債権を差し押さえようとしても、先に設定した担保権者が優先します。この点が、集合債権譲渡担保の実務上の強さです。
対抗要件の仕組みは 対抗要件とは の記事で扱っています。
対抗要件は設定時に一度。将来債権も含めてカバーされます。
集合債権譲渡担保のもっとも大きな副作用です。売掛金という資産を、まとめて押さえられることになります。
| 影響 | 内容 |
|---|---|
| 他の金融機関からの融資 | 売掛金で保全が取れないと判断される |
| 債権の譲渡 | 先行する担保があるため、条件が悪くなるか使えない |
| 新しいABL | 同上 |
| 取引先の追加 | 範囲に含まれていれば、自動的に担保に入る |
「すべての取引先に対する売掛債権」とするか、「A社・B社に対する売掛債権」に限定するかで、残る担保余力がまったく違います。金額が足りるなら、範囲を限定するよう交渉してください。
この影響は 一度担保に入れた資産を、他の調達でも使えるか の記事で扱っています。
範囲を限定できないか交渉する。全部入れると担保余力が残りません。
売掛金6,000万円の会社が、範囲の設定を変えた場合を比べます。
| 項目 | A:全取引先を対象 | B:上位2社に限定 |
|---|---|---|
| 担保に入る売掛金 | 6,000万円 | 3,500万円 |
| 借入できる額(掛け目70%) | 4,200万円 | 2,450万円 |
| 担保余力として残る売掛金 | 0円 | 2,500万円 |
| 次の調達で使える債権 | なし | あり |
Aは今回多く借りられますが、次の手がなくなります。Bは金額が減る代わりに、2,500万円分の売掛金が担保余力として残ります。
判断は、今回いくら必要かと、次にいくら必要になりそうかの比較です。今回必要な額が2,450万円で足りるなら、Bを選ぶ理由があります。
全部入れれば多く借りられますが、次の手がなくなります。
| 求められる報告 | 頻度の目安 |
|---|---|
| 債権の明細(取引先別の残高) | 毎月 |
| 入金の実績 | 毎月 |
| 債権年齢表 | 毎月〜四半期 |
| 試算表 | 毎月 |
| 新規取引先の届出 | 随時 |
担保の対象が入れ替わり続けるため、担保権者は「今いくらの担保があるか」を把握し続ける必要があります。だから継続的な報告が求められます。
金利が安くても、毎月の報告に人手がかかれば、その分のコストがかかります。どのような形式で、どの程度の頻度で求められるのかを、契約前に確認してください。
報告の実務は ABLを使うと毎月どんな報告が発生するか の記事で扱っています。
継続的な報告義務が発生します。負担を事前に確認してください。
範囲を「すべての取引先」と定めた場合、設定後に新しく取引を始めた相手に対する売掛金も、自動的に担保の対象になります。
| 状況 | 扱い |
|---|---|
| 設定時からの取引先 | 対象 |
| 設定後に始めた新規取引先 | 範囲に含まれていれば対象 |
| 取引が終わった先 | 債権が消滅すれば対象から外れる |
「今は担保に入っていない新しい取引先がいるから、その債権で調達できる」——範囲に含まれていれば、できません。契約の範囲の定め方を確認してください。
逆に言えば、範囲を既存の特定の取引先に限定しておけば、新規取引先の債権は担保余力として残ります。成長を見込んでいる会社ほど、この差が効いてきます。
範囲が広いと新規取引先の債権も自動的に担保に入ります。
| 状況 | 扱い |
|---|---|
| 特約がない取引先 | 問題なく対象にできる |
| 特約がある取引先 | 担保設定自体は有効だが、債務者は履行を拒みうる |
| 担保評価 | 掛け目が下がる、または対象外にされる |
| 承諾が得られる場合 | 通常どおり扱われる |
2020年の民法改正により、特約があっても譲渡・担保設定の効力は妨げられません。ただし実行時に債務者が履行を拒めるため、担保としての価値は下がります。
また、契約書が「譲渡」のみを禁じているか、「担保設定」も含めて禁じているかで扱いが変わることがあります。詳しくは 譲渡制限が付いた売掛金 の記事で扱っています。
特約があると担保としての価値が下がります。承諾が得られれば解消します。
| 確認 | なぜ |
|---|---|
| 担保の範囲 | 限定できれば、担保余力が残る |
| 期限の利益喪失事由 | 何が起きると実行されるか |
| 財務制限条項 | 水準が達成可能か |
| 取立権限の内容 | 受領した資金の使途に制限がないか |
| 専用口座の要否 | 入金先の指定があるか |
| 報告の形式と頻度 | 実務の負担 |
| 登記の費用と負担者 | — |
| 存続期間 | 延長が必要になる時期 |
| 完済時の抹消 | 費用と手続き |
上から3つが、実質的なリスクを決める条項です。範囲が広く、喪失事由が緩く、財務制限条項が厳しい契約は、実行の危険が高くなります。
範囲・喪失事由・財務制限条項の3つが、リスクを決めます。
2番の範囲の限定が、後の選択肢を残すかどうかを決めます。
この記事は債権による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。