
1社で売上の大半を占める取引先がある——中小企業では珍しくない構造です。その1社があるから事業が成り立っている一方、その1社が止まれば事業も止まります。
取引が続いている間、集中度の高さは何の支障もありません。問題が現れるのは、取引が縮小するとき、条件を一方的に変えられるとき、そして資金調達をするときです。
集中は平時には問題になりません。縮小・条件変更・資金調達のときに現れます。
| 指標 | 計算 | 見る意味 |
|---|---|---|
| 売上の集中度 | その取引先の売上 ÷ 総売上 | 失ったときの売上への影響 |
| 売掛金の集中度 | その取引先の売掛金 ÷ 総売掛金 | 焦げたときの損失 |
| 粗利の集中度 | その取引先の粗利 ÷ 総粗利 | 利益への影響。もっとも重要 |
| 上位3社の合計 | — | 全体の偏り |
売上の40%を占める取引先でも、粗利率が低ければ、粗利への貢献は20%かもしれません。逆に、売上は小さくても粗利率が高い取引先のほうが、失ったときの痛手が大きいことがあります。
売上ではなく粗利で測ってください。会社が失うのは売上ではなく、粗利です。
測るのは粗利の集中度。売上で見ると判断を誤ります。
年商3億円、うち1社で1.5億円(50%)を占める会社で計算します。
| 項目 | 現在 | 大口を失った場合 |
|---|---|---|
| 売上 | 3億円 | 1.5億円 |
| 売上総利益(率30%) | 9,000万円 | 4,500万円 |
| 固定費 | 7,500万円 | 7,500万円(すぐには減らない) |
| 営業利益 | 1,500万円 | ▲3,000万円 |
売上が半分になると、営業利益は1,500万円の黒字から3,000万円の赤字になります。固定費がすぐには減らないためです。
売上が半減しても、人件費も家賃もすぐには半分になりません。この時間差が、集中リスクの本体です。固定費を削るには時間がかかり、その間に資金が流出します。
損益分岐点売上は、7,500万円 ÷ 30% = 2億5,000万円です。大口を失った後の1.5億円では、まったく届きません。
売上半減で1,500万円の黒字が3,000万円の赤字に。固定費が減らないためです。
損益への影響は決算で見えますが、資金繰りへの影響はもっと早く来ます。
| 時期 | 起きること |
|---|---|
| 取引の終了が決まる | — |
| 最終の納品 | — |
| 1〜2か月後 | 最後の入金。以後、その分の入金が止まる |
| その後 | 固定費の支払いは続く |
| 数か月後 | 手元資金が急速に減る |
売上が減れば仕入れも減りますが、人件費と固定費は続きます。そして、売掛金が回収された後は、新しい入金がありません。手元資金だけで持ちこたえる期間が始まります。
先ほどの会社なら、月の固定費は625万円(7,500万円 ÷ 12)。粗利が月375万円(4,500万円 ÷ 12)に落ちれば、毎月250万円の流出です。手元資金が2,000万円なら、8か月で尽きます。
入金が止まっても固定費は続きます。手元資金の月数で持ちこたえる期間が決まります。
| 見る点 | 評価 |
|---|---|
| 集中度の高さ | リスクとして見られる |
| 集中している先の信用力 | ここで評価が変わる |
| 取引の期間 | 長いほど安定と見られる |
| 契約の形 | 基本契約があるか、都度の発注か |
| 代替の可能性 | 他に売れる相手がいるか |
集中度そのものより、集中している先が倒れる可能性があるかが見られます。相手が官公庁や大企業で、長年取引が続いているなら、集中していても安定と評価されることがあります。
逆に、相手が中小企業で、都度の発注しかない場合は、集中度がそのままリスクとして扱われます。
決算書の見られ方は 銀行は決算書のどこを見るか の記事で扱っています。勘定科目内訳明細書の売掛金の内訳から、集中度は把握されます。
問われるのは集中している先の信用力。相手しだいで評価が変わります。
| 状況 | 掛け目への影響 |
|---|---|
| 分散している | 通常の評価 |
| 1社に集中(相手が大企業) | 下がらないこともある |
| 1社に集中(相手が中小) | 掛け目が下がる |
| その1社に買掛金もある | 相殺の分だけ、さらに下がる |
ABLや債権譲渡では、集中していると「1社の信用力そのもの」に近づきます。分散していれば1社が回収できなくても他で埋まりますが、集中していればそうなりません。
売掛金の評価の仕組みは 金融機関は売掛金の何を評価しているか の記事で扱っています。
売りと買いの両方がある取引先では、実行時に相殺されるため、純額でしか評価されません。集中度が高く、かつ買掛金もある場合は、担保としての価値が大きく下がります。
集中すると1社の信用力そのものに近づきます。買掛金があると二重に下がります。
財務上のリスクだけではありません。依存していること自体が、日々の交渉を弱くします。
| 場面 | 依存しているとどうなるか |
|---|---|
| 値下げの要求 | 断りにくい |
| 支払サイトの延長 | 受け入れざるを得ない |
| 納期の短縮 | 無理を通される |
| 仕様の変更 | 追加費用を請求しにくい |
| 前受けの要求 | 求められない |
| 債権譲渡の承諾 | 頼みにくい |
1回1回は小さな譲歩でも、積み重なると粗利率とサイトが確実に悪化します。そして依存度が高いほど、押し戻す力がありません。
依存は日々の交渉を弱くします。小さな譲歩が積み重なります。
先ほどの会社が、大口取引先から5%の値下げを求められた場合です。
| 項目 | 受け入れ前 | 5%値下げ後 |
|---|---|---|
| その取引先の売上 | 1.5億円 | 1億4,250万円 |
| その取引先の原価 | 1億500万円 | 1億500万円(変わらない) |
| その取引先の粗利 | 4,500万円 | 3,750万円 |
| 会社全体の営業利益 | 1,500万円 | 750万円 |
売価を5%下げただけで、会社全体の営業利益が半減します。原価は変わらないため、値下げ分がそのまま利益から消えるためです。
「5%くらいなら」と考えがちですが、営業利益率が5%の会社では、売価の5%の値下げでほぼ利益がなくなります。受け入れる前に、必ず金額で計算してください。
売価5%の値下げで営業利益が半減することがあります。金額で計算を。
取引の相手と自社の資本金の関係によっては、下請代金支払遅延等防止法(下請法)が適用されます。
| 親事業者が禁止されていること(例) | 内容 |
|---|---|
| 支払遅延 | 定められた期日までに支払わないこと |
| 買いたたき | 著しく低い代金を不当に定めること |
| 受領拒否 | 下請事業者に責任がないのに受け取らないこと |
| 返品 | 同上 |
| 減額 | あらかじめ定めた代金を減額すること |
| 不当なやり直し | — |
下請法では、物品等を受領した日から起算して60日以内の、できる限り短い期間内に支払期日を定めなければならないとされています。適用される取引かどうかは、資本金の関係と取引の内容で決まります。
適用されるかどうかを、まず確認してください。適用される取引であれば、支払サイトの一方的な延長や、事後の減額は法律上の問題になります。
判断や申告については、公正取引委員会または中小企業庁の窓口に相談できます。取引先に直接言いにくい場合の選択肢として、知っておいてください。
まず下請法が適用されるかを確認。適用されれば、一方的な条件変更は問題になります。
| やること | 頻度 |
|---|---|
| その取引先の決算情報を確認する | 年1回 |
| 信用調査のレポートを取る | 年1回 |
| 支払いの遅れを記録する | 毎月(債権年齢表) |
| 発注の増減を記録する | 毎月 |
| 担当者の異動を把握する | 随時 |
| 取引先の業界の動向を見る | 随時 |
3番目と4番目は、自社のデータだけで分かる情報です。費用がかかりません。
取引が終わるときは、多くの場合、いきなりゼロになるのではなく、徐々に減ります。月次で発注額を記録していれば、数か月前に気づけます。気づいた時点から準備できます。
記録の作り方は 債権年齢表テンプレート の記事で扱っています。
発注額の月次の推移を記録する。減少は早い段階で見えます。
| 確認する条項 | 見る点 |
|---|---|
| 契約期間と更新 | 自動更新か、都度の更新か |
| 解約の予告期間 | 何か月前に通知が必要か |
| 最低発注量 | 定めがあるか |
| 専用の設備・在庫 | 解約時の負担をどう扱うか |
| 譲渡制限 | 債権を資金化できるか |
| 支払条件 | — |
2番目がもっとも重要です。解約の予告期間が3か月あれば、その間に手を打てます。予告なしに終了できる契約では、ある日突然に止まります。
専用の設備を入れた、専用の在庫を持っている——解約されたときにその負担をどうするかを、契約に書いてください。書いていなければ、全額が自社の損失になります。
解約の予告期間を確認する。専用投資があるなら、その扱いも書いてください。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 効果 | その取引先が倒産したときに、保険金が支払われる |
| 相手への負担 | なし |
| 注意 | 1社だけにはかけられない(包括契約が原則) |
| 副次的な効果 | 保険会社の引受判断が、与信情報になる |
大口の取引先には、前払いも支払サイトの短縮も求められません。力関係で条件を動かせない相手に対して、相手に何も求めずにリスクを下げられるのが保険の価値です。
保険会社がその取引先に設定する引受限度額は、自社の与信限度額を考えるときの参考になります。限度額が引き下げられたら、注意すべき合図です。
詳しくは 取引信用保険はいくらから検討する価値があるか の記事で扱っています。
保険は相手に何も求めずにリスクを下げられます。ただし包括契約が原則です。
| 順 | やること | 期間 |
|---|---|---|
| 1 | その取引先の中で、取引の種類を増やす | 数か月 |
| 2 | その取引先の、別の部門・別の拠点を開拓する | 数か月〜 |
| 3 | 同業種の他社を開拓する | 1年〜 |
| 4 | 別の業種に展開する | 年単位 |
| 5 | その取引先の比率を意図的に下げる | 年単位 |
1番目と2番目は、既存の関係の中でできる分散です。同じ会社でも、部門や拠点が違えば意思決定者が異なり、一度に全部が止まる可能性が下がります。
5番目のように「大口の比率を下げるために取引を減らす」のは、実務としては続きません。他を増やして、結果として比率が下がる形にしてください。分母を増やすほうが現実的です。
減らすのではなく他を増やして、結果として比率を下げるのが現実的です。
先ほどの会社(年商3億・粗利率30%・固定費7,500万円)で、大口の比率を変えた場合を見ます。
| 大口の比率 | 失った後の売上 | 失った後の粗利 | 営業利益 |
|---|---|---|---|
| 50% | 1億5,000万円 | 4,500万円 | ▲3,000万円 |
| 40% | 1億8,000万円 | 5,400万円 | ▲2,100万円 |
| 30% | 2億1,000万円 | 6,300万円 | ▲1,200万円 |
| 20% | 2億4,000万円 | 7,200万円 | ▲300万円 |
| 17% | 2億5,000万円 | 7,500万円 | 0円(損益分岐点) |
大口を失っても赤字にならないのは、比率が17%まで下がったときです。これは現実には遠い目標ですが、「いまどのくらい危ないか」が数字で分かります。
比率17%まで下げるのは非現実的です。現実的な目標は、大口を失ってから固定費を削るまでの期間を、手元資金で持ちこたえられるかです。手元資金の月数で判断してください。
現実的な目標は手元資金で持ちこたえられる期間を確保することです。
ここまでリスクを見てきましたが、大口の取引先があること自体は、いくつかの場面で強みになります。
| 場面 | 強みになる理由 |
|---|---|
| 債権譲渡・ファクタリング | 相手が大企業なら、自社が赤字でも資金化できる |
| ABLの担保評価 | 相手の信用力が高ければ、掛け目が上がる |
| 融資の審査 | 安定した売上の裏づけになる |
| 新規の営業 | 実績として示せる |
| 採用 | — |
債権譲渡では、見られるのは自社の業績より取引先の信用力です。大企業向けの売掛金を持っていることは、資金化の手段としては有利に働きます。
手段の全体像は 「債権による調達」とは何を指すか の記事で扱っています。
相手の信用力は自社の資金調達に使えます。リスクだけではありません。
3番の粗利の集中度と、6番の持ちこたえられる月数が判断の中心です。
この記事は債権による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。