
与信管理の教科書は、専任の担当者がいることを前提に書かれています。しかし中小企業に、そんな人員はいません。
この記事は、「手間をかけない」ことを前提に、どこだけは押さえるかを整理します。完璧を目指さず、効果の大きいところだけをやる形です。
与信管理をしない会社は、平時は何も起きません。問題は、1社が倒れたときに一度で大きな損失が出ることです。そしてそれは、防げたものであることが多くあります。
完璧を目指さず、効果の大きいところだけをやる形にしてください。
与信管理の重要性は、この計算で分かります。売掛金が焦げ付いたとき、それを埋めるのに必要な売上はいくらか。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 焦げ付いた売掛金 | 500万円 |
| 売上総利益率 | 30% |
| 埋めるのに必要な売上 | 約1,667万円 |
500万円の損失を埋めるには、約1,667万円を売らなければなりません。粗利率が低いほど、この倍率は大きくなります。粗利率20%なら2,500万円です。
1,667万円を新しく売るのにかかる営業のコストと、与信管理に30分かけるコストを比べてください。どちらが安いかは明らかです。
粗利率30%なら、500万円の焦げ付きを埋めるのに約1,667万円の売上が要ります。
| 場面 | やること | 頻度 | 時間 |
|---|---|---|---|
| ①新規取引を始めるとき | 相手を確認する | 都度 | 30分 |
| ②取引が始まるとき | 与信限度額を決める | 都度 | 10分 |
| ③毎月 | 債権年齢表を見る | 月1回 | 30分 |
この3つだけです。月に1回30分と、新規取引のたびに40分。それ以上のことは、まずやらなくてかまいません。
取引前の審査は、その時点の情報にすぎません。会社は時間とともに変わります。継続的に見ているかどうかが、実際の差になります。
3つの場面だけ。月1回30分の監視がもっとも効きます。
| 順 | やること | 時間 |
|---|---|---|
| 1 | 法人番号と、登記上の所在地を確認する | 5分 |
| 2 | ウェブサイトと、公開情報を見る | 10分 |
| 3 | 設立年と、事業の内容を確認する | 5分 |
| 4 | 誰からの紹介か、どう知ったかを整理する | 5分 |
| 5 | 初回の取引条件を決める | 5分 |
法人番号公表サイトで検索して出てこない、登記上の所在地とウェブサイトの住所が違う——この段階で不一致があれば、その先には進まないでください。確認は5分で済みます。
4番目も実務的です。どこから来た話かが分からない新規取引は、慎重に扱ってください。既存の取引先からの紹介なら、その取引先に確認できます。
30分で足ります。登記と所在地の不一致は、それだけで止める理由です。
| 情報源 | 分かること | 費用 |
|---|---|---|
| 国税庁 法人番号公表サイト | 法人の実在、商号、登記上の所在地 | 無料 |
| 登記情報 | 設立年、資本金、役員、目的、本店の移転履歴 | 取得費用 |
| 決算公告 | 貸借対照表(公告している会社のみ) | 無料 |
| ウェブサイト | 事業の内容、取引先、沿革 | 無料 |
| 求人情報 | 採用の状況。給与水準 | 無料 |
| 許認可の登録 | 建設業、派遣業などの許可の有無 | 無料 |
| 自社の取引実績 | 過去の支払いの状況 | 無料 |
登記情報は有料ですが、金額に対して得られる情報が多いので、大きな取引では取得する価値があります。
登記で見るべきは、資本金や役員より本店の移転履歴です。短期間に何度も移転している会社、商号を何度も変えている会社は、理由を確認してください。
最後の項目が、実はもっとも確実な情報です。自社の債権年齢表に、その取引先の支払いの履歴が残っています。他社の情報より、自社での実績のほうが当てになります。
もっとも確実なのは自社での支払い実績。年齢表に残っています。
| 状況 | 調査を取るか |
|---|---|
| 少額・単発の取引 | 不要 |
| 継続的に大きな金額になる見込み | 取る価値がある |
| 前払いで取引する | 不要(与信が発生しない) |
| 紹介元が信頼できる既存取引先 | 紹介元に確認すれば足りることが多い |
| ウェブ上の情報が乏しい | 取る価値がある |
調査の費用と、その取引先で想定される売掛金の最大額を比べてください。数百万円の与信を持つ相手なら、調査の費用は十分に見合います。
信用調査会社のレポートには、評点(スコア)が付いていることがあります。数値そのものより、その数値がどう推移しているかを見てください。下がり続けているなら、注意が要ります。
判断は調査費用と、想定される与信額の比較です。
与信限度額とは、その取引先に対して同時に抱えてよい売掛金の上限です。
| 決め方 | 考え方 |
|---|---|
| 自社が耐えられる額から逆算 | もっとも実務的 |
| 相手の規模から | 資本金や売上の一定割合 |
| 自社の月商から | 月商の◯%まで |
| 信用調査の評点から | スコアに応じた上限 |
相手の支払能力を正確に測るのは、中小企業には無理です。それより、自社が1件の焦げ付きにどこまで耐えられるかから逆算するほうが確実です。
逆算するのは自社が耐えられる額から。相手の支払能力は測れません。
年間の営業利益が1,000万円、売上総利益率が30%の会社で考えます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 年間の営業利益 | 1,000万円 |
| 1件の焦げ付きで失ってよい上限(営業利益の30%とする) | 300万円 |
| その額を売上で埋めるとしたら | 1,000万円(300万円 ÷ 30%) |
| 1社あたりの与信限度額 | 300万円 |
1社が倒れても、年間の営業利益の3割で収まる水準に置く。これなら、1件の焦げ付きで会社が傾くことはありません。
割合は会社の状況で決めてください。手元資金が厚ければ大きく、薄ければ小さく。大切なのは、感覚ではなく数字で線を引くことです。
この計算をすると、売上の大半を占める取引先は限度額を大きく超えます。その場合は、限度額で管理するのではなく、集中リスクとして別に扱ってください。大口1社に依存した売掛金 の記事で扱っています。
目安は年間営業利益の3割。感覚でなく数字で線を引いてください。
すべての取引先を同じように管理するのは無理です。3段階に分けて、手間の配分を変えてください。
| 区分 | 対象 | 管理 |
|---|---|---|
| A:大口 | 売掛金が大きい上位数社 | 毎月、年齢表で個別に見る。信用調査も |
| B:通常 | 限度額の範囲内の取引先 | 年齢表で区分が動いたときだけ見る |
| C:少額 | 金額が小さい取引先 | 合計だけ見る。個別には見ない |
手間をかけるのはAだけです。売掛金の大半は、上位の数社で占められているのが通常なので、そこを見れば全体の大部分が管理できます。
まず計算してみてください。上位5社で7割を占めているなら、その5社を見るだけで7割が管理できます。残りの3割に同じ手間をかける必要はありません。
手間をかけるのは上位数社だけ。そこで大部分が管理できます。
毎月やることは、これだけです。債権年齢表を開いて、区分が動いた取引先を拾う。
| 順 | やること | 時間 |
|---|---|---|
| 1 | 前月の年齢表と並べる | 1分 |
| 2 | 区分が右へ移った取引先を拾う | 5分 |
| 3 | 一部入金で端数が残っている先を拾う | 5分 |
| 4 | 期日超過の割合を記録する | 2分 |
| 5 | 限度額を超えている先がないか確認する | 5分 |
| 6 | 拾った先への対応を、担当者に指示する | 10分 |
合計30分です。これを毎月続けることが、与信管理の中心になります。
年齢表の作り方とテンプレートは 債権年齢表テンプレート の記事で扱っています。作っていなければ、まずそこから始めてください。
毎月30分、年齢表を見て、動いた先を拾う。これが中心です。
| 兆候 | 内容 |
|---|---|
| 支払いが遅れ始める | 最も分かりやすい。年齢表に出る |
| 一部だけ入金される | 払える分だけ払っている |
| 支払条件の変更を求めてくる | サイトを延ばしたいという申し出 |
| 急に発注が増える | 他の仕入先から止められている可能性 |
| 担当者が頻繁に替わる | 社内が不安定 |
| 連絡が取りにくくなる | — |
| 手形のサイトが長くなる | — |
| 値引きの要求が強くなる | — |
これは見落とされやすい兆候です。他の仕入先から取引を止められている会社は、まだ取引のある相手に発注を集中させます。売上が増えて喜んでいると、その分が焦げ付きます。
発注が急増したときは、その理由を確認してください。正当な理由(新規案件の受注など)があるなら問題ありません。
急な発注増は危険な兆候。理由を確認してください。
| 手段 | 内容 | 相手への負担 |
|---|---|---|
| 一部前受け | 着手金・前渡金を受け取る | 中 |
| 支払サイトを短くする | 月末締め翌月末払い → 翌々月払いから変更 | 中 |
| 分割納品にする | 1回の与信額を小さくする | 小 |
| 前払いにする | 与信が発生しない | 大 |
| 取引信用保険をかける | 焦げたときに保険金が出る | なし |
| 担保・保証を取る | — | 大 |
| 断る | — | — |
相手への負担が小さいのは、分割納品と、取引信用保険です。とくに保険は、相手に何も求めずに済みます。
保険の使いどころは 取引信用保険はいくらから検討する価値があるか の記事で扱っています。
売上を取りたい気持ちは分かりますが、焦げ付けば粗利率の逆数倍の売上を新たに取る必要が生じます。粗利率30%なら3.3倍です。取らないほうがよい取引は、あります。
相手への負担が小さいのは分割納品と保険。断る選択肢も持ってください。
| 条項 | 効果 |
|---|---|
| 所有権留保 | 代金が支払われるまで、所有権を売り手に留める |
| 期限の利益の喪失 | 支払いが遅れたら、残りも一括で請求できる |
| 遅延損害金 | 遅れた場合の利率を定める |
| 相殺の予約 | 買掛金がある場合に相殺できる |
| 取引の停止 | 一定の事由で、納品を止められる |
| 連帯保証 | 代表者などの保証を取る |
1番目は、商品を扱う会社では効果があります。代金未払いのまま相手が倒れたとき、商品を引き揚げられる可能性が残ります。
2番目も実務的です。分割払いや継続取引で、1回でも遅れたら残額を一括請求できる形にしておくと、早い段階で動けます。
これらの条項を入れた取引基本契約の雛形を、一度作っておけば、新規取引のたびに使えます。弁護士に1回だけ依頼する価値があります。
雛形を1回作れば使い回せます。所有権留保と期限の利益喪失を入れてください。
| 順 | やること | 時期 |
|---|---|---|
| 1 | 納品・出荷を止める | 直ちに |
| 2 | 残高と、納品済み・未請求の分を確定する | 直ちに |
| 3 | 買掛金があれば、相殺の可否を確認する | 直ちに |
| 4 | 所有権留保のある商品を確認する | 直ちに |
| 5 | 書面で督促する(内容証明) | 数日以内 |
| 6 | 弁護士に相談する | 早期に |
| 7 | 他の取引先への影響を確認する | — |
1番が最優先です。払われていない相手に納品を続けると、損失が増えます。「これまでの取引があるから」で続けないでください。
3番目も忘れずに。買掛金があれば、相殺で実質的に回収できます。相手が倒れる前なら、相殺の効果は大きくなります。
最優先は納品を止めること。次に買掛金との相殺です。
| やること | 理由 |
|---|---|
| 月次の締めの後に、30分の予定を入れる | 時間を確保しないと、やらない |
| 新規取引のチェックリストを作る | 誰がやっても同じになる |
| 限度額を一覧にして、共有する | 営業担当も見られるようにする |
| 取引基本契約の雛形を用意する | 都度作らずに済む |
| 年齢表のテンプレートを固定する | 毎月、データを差し替えるだけにする |
| 営業に、限度額を伝える | 知らなければ守れない |
最後の項目が抜けやすい点です。与信限度額を経理だけが持っていると、営業は超える受注を取ってきます。数字を共有して、超える場合は事前に相談する運用にしてください。
限度額を超える受注を止めるのが目的ではありません。一部前受けにする、分割納品にする、保険をかける——条件を変えて受けるのが目的です。営業にもそう伝えてください。
限度額を営業と共有する。目的は止めることではなく、条件を変えることです。
9番の30分の予定を入れること。時間を確保しないと続きません。
取引先に残高を確認してもらう手続きは 売掛金の残高を取引先に確認してもらう手続き の記事で扱っています。
この記事は債権による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。