
売掛金を使った資金調達は、金額の規模によって使える手段が変わります。
| 規模 | 現実的な手段 |
|---|---|
| 数百万円〜数千万円 | 債権譲渡、ABL |
| 数千万円〜数億円 | ABL、大口の債権譲渡 |
| 数十億円以上 | 債権流動化・証券化 |
この記事は、大きな規模の会社が使う仕組みを扱います。中小企業がすぐ使えるものではありませんが、成長した先にある選択肢として、構造を知っておく意味があります。
組成に費用と時間がかかるため、金額が小さいと割に合いません。この記事は「使うべきか」より「なぜ使えないか」を理解するために読んでください。
流動化は規模が前提。小さい金額では組成費用に見合いません。
| 順 | やること |
|---|---|
| 1 | 会社が、売掛債権をSPCに譲渡する |
| 2 | SPCが、その債権を裏づけに証券を発行する(または借入をする) |
| 3 | 投資家が、その証券を買う |
| 4 | SPCが、集まった資金を会社に譲渡代金として支払う |
| 5 | 取引先から入金があると、SPCが投資家に返す |
形としては債権譲渡(ファクタリング)と同じです。会社は債権を売り、代金を受け取ります。違うのは、買い手がSPCという専用の器で、その資金を投資家から集めている点です。
金融機関を介さず、売掛債権の質を裏づけに投資家から資金を集める——これが流動化の本質です。会社の信用力ではなく、債権の質で条件が決まります。
形は債権譲渡と同じ。違いは買い手が投資家から資金を集める器であることです。
なぜ会社が直接、投資家から資金を集めないのか。会社が倒産したときに、投資家を守るためです。
| 状況 | SPCがない場合 | SPCがある場合 |
|---|---|---|
| 会社が倒産 | 債権が破産財団に入る | SPCの資産なので、巻き込まれない |
| 投資家の回収 | 他の債権者と同順位 | 債権からの回収が確保される |
| 条件 | 会社の信用力しだい | 債権の質で決まる |
倒産隔離ができていれば、投資家が見るのは会社の信用力ではなく、売掛債権の質です。取引先が大企業ばかりなら、会社自身の信用力より良い条件で資金を集められることがあります。
SPCは、流動化のためだけに設立され、他の事業を行わない器です。他の債務を負わないため、この債権以外のリスクを持ち込みません。
SPCの目的は倒産隔離。だから会社より良い条件がつくことがあります。
倒産隔離が機能するには、債権の譲渡が「本当の売買」でなければなりません。
| 実質が売買と認められない例 | なぜ問題か |
|---|---|
| 買戻しの義務が強い | 実質は担保付きの借入と見られうる |
| リスクが移転していない | 同上 |
| 譲渡価格が著しく不相当 | — |
| 会社が引き続き実質的に支配している | — |
会社が倒産したときに、裁判所が「これは売買ではなく担保付きの借入だ」と判断すれば、債権は破産財団に入ります。投資家の前提が崩れるため、スキームを組む段階で法律意見書が取られます。
この論点があるため、流動化には必ず弁護士が関与します。単なる債権譲渡契約では済みません。
真正売買と認められることが前提。だから法律意見書が要ります。
流動化では、投資家の取り分に順位をつけるのが一般的です。
| 順位 | 誰が持つか | リスク | 利回り |
|---|---|---|---|
| 優先部分(シニア) | 投資家 | 低い | 低い |
| 中間部分(メザニン) | 投資家 | 中 | 中 |
| 劣後部分(ジュニア) | 譲渡した会社が持つことが多い | 高い | 高い |
回収に不足が出た場合、まず劣後部分から損失を負います。優先部分は、劣後部分を食いつぶすまで守られます。
ここが実務上の重要な点です。債権をすべて売ったつもりでも、劣後部分を保有していれば損失の一部は会社に戻ります。完全にリスクを外したことにはなりません。
会社が劣後部分を持つのが通常。リスクは完全には外れません。
50億円の売掛債権を流動化し、優先40億円・劣後10億円で構成した場合を見ます。
| 回収額 | 優先(40億円) | 劣後(10億円) |
|---|---|---|
| 50億円(全額回収) | 40億円 | 10億円 |
| 47億円(3億円が回収不能) | 40億円(満額) | 7億円 |
| 42億円(8億円が回収不能) | 40億円(満額) | 2億円 |
| 38億円(12億円が回収不能) | 38億円(不足) | 0円 |
回収不能が10億円までなら、優先部分の投資家は満額を受け取ります。その損失はすべて劣後部分——つまり会社——が負います。
この構造があるため、優先部分は高い格付けを得られ、低い利回りで資金を集められます。劣後部分の厚みが、優先部分の安全性を作っています。
50億円の債権を出しても、現金として入るのは優先部分の40億円です。劣後部分は会社が持ち続けます。「額面の何%が現金になるか」は、この構造で決まります。
現金になるのは優先部分だけ。劣後部分は会社に残ります。
| 関係者 | 役割 |
|---|---|
| アレンジャー | スキーム全体を組み立てる。証券会社・銀行など |
| 弁護士 | 真正売買・倒産隔離の法律意見書 |
| 会計士・税理士 | 会計処理・税務の検討 |
| 信託銀行 | 信託を使うスキームの場合 |
| 格付機関 | 証券の格付け(公募の場合) |
| サービサー | 債権の回収事務 |
| 投資家 | 資金の出し手 |
| SPCの管理会社 | 器の運営 |
これだけの関係者が必要になります。それぞれに費用が発生するため、組成の総額が大きくなります。
債権譲渡(ファクタリング)は、売り手と買い手の2者(または取引先を含む3者)で済みます。流動化は、これだけの専門家を動かす必要があります。規模が必要な理由は、ここにあります。
関係者が多く、それぞれに費用が発生します。
| 費用 | 性質 |
|---|---|
| アレンジメントフィー | 組成時に一度 |
| 弁護士費用 | 組成時に一度(法律意見書を含む) |
| 会計・税務の検討費用 | 組成時 |
| 格付けの費用 | 組成時+継続 |
| SPCの設立・維持費用 | 継続 |
| サービサーへの手数料 | 継続 |
| 信託報酬 | 継続(信託を使う場合) |
| 債権譲渡登記の費用 | 組成時+更新 |
| 投資家に払う利回り | 継続。これが本体のコスト |
費用は「組成時に一度かかるもの」と「継続してかかるもの」に分かれます。前者が大きいため、短期で終わらせると割高になります。
組成時の費用が大きいため、短期で終わらせると割高になります。
組成費用を仮に5,000万円として、調達額に対する割合を見ます(実際の費用はスキームと規模によって大きく異なります)。
| 調達額 | 組成費用の割合 | 成立するか |
|---|---|---|
| 5億円 | 10.0% | 割に合わない |
| 10億円 | 5.0% | 厳しい |
| 30億円 | 約1.7% | 検討の余地 |
| 50億円 | 1.0% | 成立しうる |
| 100億円 | 0.5% | 成立する |
組成費用は金額に比例しないため、規模が小さいほど割高になります。5億円で10%なら、債権譲渡(ファクタリング)を使ったほうが安く済みます。
この構造が、流動化が大企業向けの手段である理由です。中小企業の金額では、組成費用が調達額を圧迫します。技術的にできないのではなく、経済的に合わないということです。
組成費用は金額に比例しない。だから規模が小さいと割高になります。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 債権の総額 | 数十億円以上が一般的 |
| 継続性 | 毎月、安定して債権が発生すること |
| 取引先の分散 | 特定の1社に偏っていないこと |
| 債権の同質性 | 条件がそろっていること |
| データの蓄積 | 過去の貸倒れ実績が分かること |
| 管理体制 | 債権の管理が仕組みとしてできていること |
5番目は見落とされやすい条件です。投資家に「どのくらい焦げ付くか」を示す必要があるため、過去の貸倒れの実績データが要ります。記録がなければ、そもそも設計できません。
過去の回収実績と貸倒れの記録は、日頃の債権管理から積み上がるものです。将来この手段を使う可能性があるなら、いまから記録を残してください。債権年齢表テンプレート の記事で扱っています。
過去の貸倒れ実績データが要ります。記録がなければ設計できません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 組成までの期間 | 数か月 |
| スキームの期間 | 数年にわたることが多い |
| 期中の債権 | 新しく発生する債権を、継続的に譲渡する形 |
| 継続の報告 | 債権の状況を定期的に報告する |
| 基準への抵触 | 延滞率などが基準を超えると、仕組みが止まることがある |
一度組めば、その後は継続的に資金化の経路として使えます。毎回の手続きが軽くなるのが、流動化の利点です。
延滞率や貸倒率が一定の基準を超えると、新しい債権の買い取りが止まる仕組みが組み込まれていることがあります。業況が悪化したときに、資金化の経路が閉じるということです。
この点は、ABLで担保が不足したときの扱いと似ています。苦しいときほど使えなくなる構造は、共通しています。
一度組めば継続して使えますが、基準に抵触すると止まります。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 債権を資産から外し、負債を増やさずに資金を得る |
| 条件 | 会計上、売却と認められること |
| 劣後部分の保有 | 保有の程度によって、判断が変わりうる |
| 買戻しの条項 | あると、売却と認められにくくなる |
| 判断 | 会計基準にもとづく個別の検討が必要 |
オフバランス化できるかどうかは、会計基準にもとづく個別の判断です。劣後部分の保有割合や買戻しの条項によって、売却と認められないことがあります。会計士に確認してから設計してください。
また、オフバランスになっても、注記で開示されることがあります。決算書を読む人には、流動化を使っていることが分かります。
オフバランス化は個別の判断。決めつけずに会計士へ確認してください。
流動化そのものは使えなくても、似た効果を持つ、規模の小さい仕組みがあります。
| 手段 | 内容 | 規模 |
|---|---|---|
| 大企業が主導する仕組み | 発注元が用意した、下請けの債権を早期に資金化する制度 | 取引先しだい |
| でんさいの割引 | 電子記録債権を金融機関で割り引く | 小口から |
| ABL | 売掛金を担保にした融資 | 数千万円〜 |
| 債権譲渡 | 個別の債権を売却する | 小口から |
1番目は確認する価値があります。大企業の取引先が、サプライヤー向けの早期資金化の仕組みを用意していることがあります。取引先の信用力を使うため、条件が良くなることがあります。
取引先の購買部門や経理部門に、「早期に支払いを受けられる制度はありますか」と聞いてみてください。あるなら、自社で手段を探すより有利な場合があります。
手段の全体像は 「債権による調達」とは何を指すか の記事で扱っています。
取引先が用意している仕組みがないか、聞いてみてください。
| 順 | 確認すること |
|---|---|
| 1 | 継続的に発生する債権の年間の総額 |
| 2 | 取引先の構成と、集中度 |
| 3 | 過去数年の貸倒れの実績 |
| 4 | 債権の条件(回収サイト、譲渡制限の有無)のそろい方 |
| 5 | 組成費用の見積もり |
| 6 | 調達額に対する費用の割合 |
| 7 | ABL・債権譲渡と比べた総コスト |
| 8 | 会計上の扱い(オフバランスになるか) |
7番が判断の核です。流動化が唯一の手段ではありません。同じ規模でも、ABLや大口の債権譲渡のほうが総コストが低いことがあります。
判断は他の手段との総コスト比較。流動化が唯一ではありません。
8番と9番——費用の割合と、他手段との比較で、まず成立するかが分かります。
この記事は債権による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。