
資金調達の話になると、優先株式を発行するものだという前提で進みがちです。しかし会社法上、外部からの出資を受けるために種類株式が必要なわけではありません。普通株式だけでラウンドを組むことは可能です。
実際、創業初期の調達では普通株式で行われることがあります。金額が小さく、条件を複雑にする実益が小さい場面です。
ただし、普通株にすれば楽になる、という話でもありません。優先株式が担っている機能は、なくなるのではなく、別の場所に移るか、失われるかのどちらかです。どちらになるかを理解したうえで選んでください。
普通株だけのラウンドは可能です。ただし優先株式の機能は、別の場所に移るか失われます。
優先株式が持つ主な機能は4つです。普通株にすると、このうちいくつかが定款では作れなくなります。
| 機能 | 優先株式なら | 普通株だけなら |
|---|---|---|
| 残余財産の優先分配 | 定款で定められる | 定款では作れない |
| 希薄化防止 | 転換比率の調整で作れる | 作れない |
| 拒否権 | 種類株主総会として定款に置ける | 契約で作る |
| 優先配当 | 定款で定められる | 定款では作れない |
上の2つが本質的な差です。残余財産の優先分配と希薄化防止は、株式の内容として定めるものなので、普通株のままでは作れません。
下の2つのうち拒否権は、株主間契約で同等の効果を作れます。効力の性質は変わりますが、実務上は機能します。
作れなくなるのは優先分配と希薄化防止。拒否権は契約で代替できます。
投資家の側から見ると、優先株式を求める理由は明確です。
3つ目が、機関投資家との交渉で効いてきます。他の投資先と大きく異なる条件で投資することは、説明が必要になります。個人の判断で決められるエンジェルとは、この点が違います。
したがって、機関投資家が入るラウンドで普通株だけにするのは、多くの場合難しくなります。普通株で成立しやすいのは、エンジェル中心の初期のラウンドです。
機関投資家はLPへの説明があるため、標準的な条件から外れにくくなります。
| 場面 | 理由 |
|---|---|
| 創業直後の小さいラウンド | 金額が小さく、条件を作る手間が見合わない |
| エンジェル中心 | 個人の判断で条件を決められる |
| 知人や取引先からの出資 | 関係性が前提にある |
| 金額が象徴的 | 事業上の関係が主で、出資は付随的 |
共通しているのは、条件を精緻に作る手間が、金額に見合わないという点です。数百万円の出資のために種類株式を設計し、定款を変更して登記するのは、費用と時間の面で合理的でないことがあります。
ただし、「面倒だから普通株」で進めると、必要な取り決めまで抜けます。次の章の内容は、普通株でも必ず作ってください。
成立しやすいのは金額が小さく、エンジェル中心の場面です。
株式の内容として定められないものも、株主間契約で一定の効果を作れます。普通株で進める場合、次の項目は契約に入れてください。
| 項目 | 内容 | 入れないと |
|---|---|---|
| 譲渡の制限 | 株式を譲渡するには会社の承認が必要 | 知らない相手が株主になる |
| 先買権 | 新株の発行時に、既存株主が優先して引き受けられる | —(投資家が求める項目) |
| 共同売却権 | 創業者が株式を売る場合、投資家も同じ条件で売れる | 創業者だけが先に現金化できる |
| 協力義務 | 次のラウンドで必要な手続きに協力する | 1人でも協力しないと手続きが止まる |
| 情報の提供 | 定期的な報告の内容と頻度 | 都度の要求に対応することになる |
| 重要事項の同意 | 拒否権にあたる取り決め | 投資家が経営を確認する手段がない |
もっとも重要なのは4つ目の協力義務です。次のラウンドでは、既存株主の同意や押印が必要になる場面があります。連絡がつかない、あるいは協力しない株主が1人いるだけで、手続きが止まります。
普通株で、かつ契約も結ばないという形は避けてください。渡した株式に何の取り決めもない状態は、数年後に必ず問題になります。金額が小さくても、譲渡の制限と協力義務だけは書面にしてください。
普通株でも譲渡の制限と協力義務は必ず書面にしてください。ここが抜けると次で止まります。
優先株式を発行するには、定款を変更して種類株式の内容を定め、登記する必要があります。
| 作業 | 中身 |
|---|---|
| 定款の変更 | 株主総会の特別決議が必要 |
| 種類株式の内容の設計 | 優先分配、議決権、転換の条件など |
| 登記 | 種類株式の内容は登記事項になる |
| 契約の作成 | 投資契約と株主間契約 |
費用としては、登記の費用と、専門家への報酬がかかります。金額が小さいラウンドでは、この費用が調達額に対して無視できない割合になることがあります。
ただし、一度作れば、次のラウンドではそれを土台にできます。B種、C種と追加していく形になるため、初回の設計が後に効いてきます。
費用と手間がかかりますが、一度作れば次のラウンドの土台になります。
普通株だけで進めた場合、次のラウンドで何が起きるかを見ておいてください。
| 起きること | 中身 |
|---|---|
| 新しい投資家が優先株式を求める | 機関投資家が入ると、通常はここで種類株式を作る |
| 既存株主が普通株のまま残る | 優先分配の順位で、新しい投資家の後になる |
| 既存株主が不満を持つことがある | 「自分たちにも優先株を」という話が出る |
| 定款変更に同意が必要 | 既存株主の協力が要る |
3つ目が実務での論点になります。先に入った投資家が普通株で、後から入った投資家が優先株という構造は、前者にとって不利に見えます。ただし、先に入った分だけ低い価格で取得しているため、必ずしも不利とは限りません。
4つ目のために、協力義務を契約に入れておく必要があります。定款変更には特別決議が必要なので、既存株主が反対すると進みません。
次のラウンドで種類株式を作ることになるのが通常です。そのための協力義務を先に入れてください。
すでに発行した普通株式を、後から優先株式に変えることは、実務上かなり難しくなります。
したがって現実的なのは、次のラウンドで新しく優先株式を発行するという形です。既存の普通株式はそのまま残り、新しい種類の株式が追加されます。
この構造を前提に、普通株で受けるときは「後から変えられない」と理解しておいてください。
後から変えるのは困難です。次のラウンドで新しく発行するのが現実的な道です。
ストックオプションを行使して得られるのは普通株式です。したがって、優先株式があるかどうかで、従業員が受け取る株式の位置づけが変わります。
| 優先株式がある場合 | 普通株だけの場合 | |
|---|---|---|
| 出口での順位 | 優先分配の後に残った分を受け取る | 全員が同じ順位 |
| 受け取る金額 | 優先分配の大きさに左右される | 持分の比率どおり |
| 説明のしやすさ | 条件を説明する必要がある | 単純 |
普通株だけの構造は、従業員への説明が単純になります。持分の比率がそのまま出口での取り分になるためです。
優先株式がある場合、「◯%持っている」と伝えても、実際に受け取る金額は優先分配を差し引いた後の話になります。この点を説明しないまま付与すると、後で認識のずれが出ます。
普通株だけなら従業員への説明が単純になります。持分の比率がそのまま取り分です。
売却の場面で、構造の違いがどう出るかを見ます。創業者70%、投資家30%(投資額3,000万円)の会社が、1億円で売却した場合です。
| 普通株だけ | 優先株式(1倍・非参加型) | |
|---|---|---|
| 投資家の取り分 | 3,000万円 | 3,000万円 |
| 創業者の取り分 | 7,000万円 | 7,000万円 |
この金額では差が出ません。投資家の持分30%で1億円なら3,000万円となり、優先分配の1倍(3,000万円)と同額だからです。
差が出るのは、売却額が投資額に近い水準まで下がった場合です。5,000万円で売却するとどうなるか。
| 普通株だけ | 優先株式(1倍・非参加型) | |
|---|---|---|
| 投資家の取り分 | 1,500万円 | 3,000万円 |
| 創業者の取り分 | 3,500万円 | 2,000万円 |
普通株だけなら比率どおりに分けますが、優先分配があれば投資家が先に3,000万円を受け取ります。創業者の取り分は3,500万円と2,000万円で、1,500万円の差が出ます。
つまり優先株式の影響が出るのは、うまくいかなかった場合です。大きく伸びた場合の差は小さくなります。
差が出るのは売却額が小さいときです。5,000万円の例では1,500万円の差になります。
普通株で受けると決めた場合、次の設計をしてください。
| 項目 | 決めること |
|---|---|
| 定款の譲渡制限 | 全株式を譲渡制限株式にしておく |
| 株主間契約 | 譲渡の制限、先買権、共同売却権、協力義務、情報提供 |
| 重要事項の同意 | 拒否権にあたる項目と、同意する主体 |
| 次のラウンドの想定 | 種類株式を作る場合の協力を、あらかじめ定める |
| 株主名簿 | 最新の状態を保つ。次の手続きで必要になる |
4つ目を必ず入れてください。「将来、種類株式を発行するために定款を変更する場合、協力する」という定めです。これがないと、次のラウンドで既存株主の1人が反対しただけで進まなくなります。
4つ目の将来の定款変更への協力を入れてください。次のラウンドの前提になります。
投資家が優先株式を前提にしている場合、普通株を提案する言い方を用意しておいてください。
| 言い方 | 効きやすい相手 |
|---|---|
| 「今回の金額なら、費用と時間が見合わないのではないか」 | 小さいラウンドのエンジェル |
| 「次のラウンドで種類株式を作る前提で、今回は普通株にできないか」 | 初期の投資家 |
| 「拒否権と先買権は契約で入れます」 | 条件の実質を気にする相手 |
3つ目が実務的です。投資家が本当に必要としている機能を、契約で提供できると示す。「株式の種類」ではなく「機能」で議論すると、合意点が見つかりやすくなります。
ただし、優先分配と希薄化防止は契約では作れません。この2つを求められている場合、種類株式にするしかありません。その場合は素直に受け入れて、条件の中身を交渉するほうが早く進みます。
「株式の種類」ではなく「機能」で議論してください。優先分配だけは契約で作れません。
| 順 | 確認すること | 判断 |
|---|---|---|
| 1 | 投資家に機関投資家が含まれるか | 含まれるなら、優先株式になる可能性が高い |
| 2 | 調達額に対して、設計の費用が見合うか | 見合わないなら普通株を提案 |
| 3 | 投資家が求める機能は何か | 拒否権と先買権だけなら契約で作れる |
| 4 | 優先分配を求められているか | 求められているなら種類株式が必要 |
| 5 | 次のラウンドの時期の見込み | 近いなら、今回は普通株でも支障が小さい |
3番と4番で、普通株で成立するかがほぼ決まります。優先分配が条件に入っているなら、そこで判断が決まります。
判断は優先分配を求められているかでほぼ決まります。
6番と7番を落とさないでください。次のラウンドが止まる原因になります。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。