
「4年ベスティング、1年クリフ」という言い方は日本のスタートアップでも普通に使われますが、会社法にそういう制度があるわけではありません。あるのは、創業者どうしが結ぶ契約だけです。
つまり、契約を結んでいなければ、ベスティングは存在しません。「4年かけて確定する約束だった」と後から言っても、書面がなければ主張の根拠がありません。
ベスティングは制度ではなく契約でつくるものです。結んでいなければ、口頭の合意は機能しません。
株式は財産です。発行してしまえば、その人のものになります。会社の都合で消すことも、取り上げることもできません。
戻すには、次の3つが同時に必要です。
この3つが揃うのは、関係が良好なうちだけです。揉めて抜けた相手に対しては、まず成立しません。
事業が伸びれば株価は上がります。設立時に1株100円だった株式が、シードで1株25,000円になれば、2,500株を買い戻すのに6,250万円かかる計算です。買い戻したい気持ちが強くなるころには、買い戻せない金額になっています。
戻すには同意・現金・価格の合意の3つが要ります。揉めた相手からは回収できないと考えておくべきです。
日本のスタートアップでは、次の3つを組み合わせて作ります。単独では足りません。
| 型 | 何をするか | 単独では足りない理由 |
|---|---|---|
| 創業株主間契約の買取条項 | 離脱したときに、会社や他の創業者が株式を買い取れると定める | 契約なので、当事者以外には効かない |
| 定款の譲渡制限 | 株式の譲渡に会社の承認を必要とする | 第三者へ売るのは止められるが、本人が持ち続けるのは止まらない |
| 段階的な確定 | 在籍期間に応じて、買い取れる株数を減らしていく | 期間の数え方を決めないと運用できない |
日本で多いのは、株式は設立時に全部発行したうえで、離脱時に「まだ確定していない分」を買い取れるようにしておく形です。段階的に発行していく方式は、そのつど手続きが必要になり、実務の負担が大きくなります。
株式は最初に全部発行し、離脱時に未確定分を買い取る形が扱いやすい。3つを組み合わせて初めて機能します。
もっとも揉めるのが価格です。ここを契約に書いていないと、離脱の場面で一から交渉することになります。
実務では、離脱の理由によって価格の基準を変える形がよく使われます。
| 離脱の理由 | 価格の基準の例 | 考え方 |
|---|---|---|
| やむを得ない事情 (健康上の理由など) |
直近の株価、または純資産にもとづく価格 | 貢献に見合う分は受け取れるようにする |
| 自己都合 (他社へ移るなど) |
取得価額(払込金額)と、直近の株価の中間 | 期間に応じて確定した分だけ残す |
| 重大な違反 (競業、背信行為など) |
取得価額(払込金額) | 値上がり分は渡さない |
差が250倍になることもあります。だからこそ、価格の基準は「抜けると決まる前」に書いておく必要があります。
株式を著しく低い価格でやり取りすると、税務上の取り扱いが問題になることがあります。買い取る側にも、売る側にも影響します。価格の基準を契約に入れる段階で、税理士に確認してください。当編集部では個別の税務判断はできません。
価格は離脱の理由で基準を分ける。取得価額と直近株価では、差が数百倍になることがあります。
「4年で確定、1年クリフ」を、2,500株を持つ共同創業者の例で追います。起算日は専念を始めた日、確定は月ごとに進む(48か月で全部)という設定です。
| 抜けた時期 | 確定した株数 | 買い取れる株数 | 説明 |
|---|---|---|---|
| 6か月 | 0株 | 2,500株 | クリフに届かないため、1株も確定しない |
| 12か月 | 625株 | 1,875株 | クリフ到達。12か月分がまとめて確定する |
| 24か月 | 1,250株 | 1,250株 | ちょうど半分 |
| 36か月 | 1,875株 | 625株 | 4分の3 |
| 48か月 | 2,500株 | 0株 | 全部確定。以降は買取条項が働かない |
11か月で抜ければ0株、13か月なら677株。2か月の差で結果が大きく変わります。だからこそ、起算日をどこに置くかが実務では争点になります。
専念の開始がずれている場合は、創業者ごとに起算日を変える形もあります。全員同じにしなければならない決まりはありません。
副業として関わっていた期間を算入するのか。週3日なら専念といえるのか。ここを文章にしていないと、確定株数の計算が始められません。「他に主たる業務を持たないこと」のように、判定できる書き方にしてください。
クリフの前後で結果が大きく変わります。起算日とフルタイムの定義を文章にしていないと、そもそも計算が始められません。
買取条項を書いても、実際に買う人と現金がなければ動きません。買い手の候補は3つです。
いちばん自然に見えますが、制約があります。会社が自社株を買うには分配可能額の範囲内である必要があり、赤字が続いているスタートアップでは枠が足りないことが珍しくありません。株主総会の決議も要ります。
会社の財源規制を受けませんが、個人が現金を用意することになります。株価が上がっているほど厳しくなります。
既存の投資家などに引き受けてもらう形です。相手の意向次第なので、確実ではありません。
分配可能額が足りなければ、会社は買えません。契約には買い手を会社に限定せず、他の創業者や会社が指定する者も買えるようにしておくのが実務的です。順番と期限も決めておくと、判断が止まりません。
会社による買い取りは分配可能額の制約を受けます。買い手を会社だけに限定しないでください。
条項があっても、手続きを踏まないと株主名簿は変わりません。会社や他の創業者が買い取る場合の流れは、おおむね次のとおりです。
| 順 | やること | 注意する点 |
|---|---|---|
| 1 | 契約にもとづき、買い取る意思を通知する | 行使できる期間を過ぎていないか確認する |
| 2 | 確定株数と買取価格を計算する | 起算日と離脱の理由の区分で、金額が変わる |
| 3 | 株式の譲渡について会社の承認を得る | 譲渡制限株式なので、承認の手続きが要る |
| 4 | 会社が買う場合は、株主総会の決議を取る | 分配可能額の範囲を超えていないか確認する |
| 5 | 譲渡契約を結び、代金を支払う | 支払いの時期と方法を明記する |
| 6 | 株主名簿を書き換える | ここまでやって、はじめて対外的に整理される |
| 7 | 資本政策表の取引履歴に1行足す | 次の調達で必ず突き合わせられる |
3と4で止まることがあります。譲渡の承認は取締役会(設置していない会社では株主総会)で決めますが、離脱する本人が取締役や大株主のままだと、手続きが進まないことがあるためです。契約に、承認手続きへの協力義務を入れておくと詰まりにくくなります。
買い取ると決めても、譲渡の承認と株主名簿の書換まで終わらないと整理されません。本人の協力が要る場面が残ります。
契約に入れる項目を並べます。空欄のまま結ぶと、そこが後で争点になります。
| 項目 | 決めること | 空欄だとどうなるか |
|---|---|---|
| 対象者 | 誰に適用するか | 一部の創業者だけ縛られる形になる |
| 対象株式 | 設立時の株式だけか、後から取得した分も含むか | 追加取得分が対象外になる |
| 期間の数え方 | 起算日と、確定していく刻み | 「いつから何年」で揉める |
| クリフ | この期間未満なら確定しない、という区切り | 短期間で抜けた人にも株式が残る |
| 離脱の理由の区分 | やむを得ない事情/自己都合/重大な違反 | すべて同じ価格になり、合意が難しくなる |
| 価格の基準 | 理由ごとの算定方法 | 離脱が決まってから交渉することになる |
| 買い手と順番 | 会社/他の創業者/指定する第三者 | 買い手がいないまま止まる |
| 行使できる期間 | 離脱からいつまでに買い取るか | いつまでも決まらない |
| フルタイムの定義 | 専念とみなす条件 | 「関与していた」の解釈で割れる |
とくに落ちやすいのが「期間の数え方」と「フルタイムの定義」です。副業として関わっていた期間を算入するのかどうかは、後から決めようとすると必ず対立します。
9項目のうち、期間の数え方・フルタイムの定義・買い手の順番が抜けやすい。ここが争点になります。
創業株主間契約の書式は公開されているものがあり、自分で作ることもできます。判断の目安を挙げます。
| 公開の書式を使う | 専門家に頼む | |
|---|---|---|
| 向いている状況 | 創業者が2〜3人で、条件が単純 | 持ち込む資産がある、人数が多い、条件を細かく分けたい |
| 気をつける点 | 自社の前提に合っているか、空欄を埋めきれるか | 費用と時間がかかる |
どちらにしても、埋める内容を決めるのは自分たちです。起算日をどこに置くか、フルタイムをどう定義するか、離脱の理由をどう分けるかは、書式が決めてくれません。
先に当事者どうしで内容を固め、そのうえで書面にする——という順序で進めると、費用も時間も抑えられます。合意ができていない状態で書面の作成だけを頼むと、結局そこから議論が始まります。
書式が決めてくれない項目が本体です。内容を先に固めてから書面にするほうが早く終わります。
創業株主間契約は、出資の検討に入ると必ず提出を求められます。見られるのは次の点です。
| 見られる点 | 何を確認しているか | 足りないと |
|---|---|---|
| 対象者の範囲 | 創業株主が全員入っているか | 縛られていない人の株式が残るリスク |
| 期間と起算日 | 確定の進み方が明確か | いま何株が確定しているか計算できない |
| 買取価格の基準 | 理由ごとに定めがあるか | 離脱時に交渉が必要になり、時間がかかる |
| 買い手の順番 | 会社以外も買えるか | 分配可能額が足りないと動かない |
| 投資契約との整合 | これから結ぶ契約と矛盾しないか | 条件の修正を求められる |
投資家がこれを確認するのは、事業から離れた人が株式を持ち続ける状態を避けたいからです。出資した資金で伸ばした価値が、関わっていない人にも分配される構造になるためです。
契約が無い、あるいは項目が抜けている場合、出資の条件として締結や修正を求められることがあります。その時点で結ぶと、交渉の材料として使われる形になります。先に結んでおくほうが、条件を自分たちで決められます。
投資家は事業から離れた人の株式が残らないかを見ています。出資の話が出る前に結んでおくほうが有利です。
設立と同時が理想です。遅くとも、外部から出資を受ける前には結んでおくことになります。投資家から求められて初めて着手する例が多いのですが、その時点ではすでに関係が固まっていて、条件を切り出しにくくなっています。
設立時に話せば、「これから一緒にやる前提の取り決め」として話せます。数年経ってから持ち出すと、「自分を疑っているのか」という受け取り方をされます。同じ内容でも、切り出す時期で意味が変わります。
結ぶのは設立と同時。同じ内容でも、切り出す時期で受け取られ方が変わります。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。