
通常のストックオプションは、付与する時点で「誰に、何個」を決めます。これには難しさがあります。入社が後になる人ほど、株価が上がってから付与されるため、同じ貢献でも受け取る価値が小さくなるからです。
信託型は、この問題を解くために考えられた仕組みでした。会社がまとめて新株予約権を発行し、いったん信託に預けておく。誰に配るかは後から決める。行使価額は信託に預けた時点の水準で固定されるため、後から入った人でも早い時期の価格で受け取れる、という設計です。
信託型は「配る相手を後から決めつつ、価格は早い時点で固定する」ための仕組みでした。
この仕組みは、権利を行使した時点では課税されず、株式を売ったときに譲渡所得として課税される、という前提で使われていました。
2023年、国税庁からこの前提とは異なる整理が示されます。実質的に会社が役職員に付与したものとして、権利行使時に給与課税の対象になるという扱いです。
影響は2つの方向に出ました。
後者が実務では重く働きました。すでに行使が行われていた会社では、源泉徴収をしていなかった分の対応が必要になったためです。
信託型という仕組み自体が使えなくなったのではなく、税務上の取り扱いについての整理が示されたというのが正確な理解です。ただし、期待されていた税務メリットが前提として成り立たなくなったため、新しく採用する理由は小さくなりました。
変わったのは制度の存廃ではなく課税の取り扱いです。会社側には源泉徴収の義務が生じます。
導入を検討していた会社にとって、比較の構図はこう変わりました。
| 整理が示される前の理解 | 示された後 | |
|---|---|---|
| 行使時の課税 | 課税されない前提で使われていた | 給与課税の対象になる |
| 会社の義務 | 特段の想定なし | 源泉徴収が必要 |
| 税制適格との差 | 配る相手を後から決められる利点 | 税務上の利点は薄れた |
税制適格のストックオプションは、要件を満たせば行使時に課税されません。税務の観点で比べる限り、いま信託型を選ぶ理由は見つけにくくなっています。
一方で「配る相手を後から決めたい」という課題自体は残ります。これは枠の設計で対応することになります。枠を確保しておき、採用のたびに付与する形です。行使価額はその時点の水準になりますが、要件を満たせば適格として扱えます。
税務の利点が薄れた以上、枠を確保して都度付与するほうが素直な設計になりました。
過去に信託型を発行している会社では、次の点を確認することになります。いずれも税理士と進める内容です。
| 確認すること | なぜ必要か |
|---|---|
| すでに行使された分があるか | 源泉徴収の対応が必要になる可能性がある |
| 未行使で残っている分の扱い | 今後の行使に備えて、源泉徴収の運用を決める |
| 受け取る側への説明 | 手取りの想定が変わる。行使の判断に影響する |
| 資本政策表への反映 | 潜在株式として正しく数えられているか |
| 投資家への説明 | デューデリジェンスで必ず確認される項目になった |
とくに受け取る側への説明は早いほうがよい項目です。行使すれば手取りがこうなる、という前提が変わっているため、本人が把握していないまま行使すると、納税の場面で問題になります。
確認するのは行使済みの有無・今後の運用・本人への説明。すべて税理士と進める内容です。
これから設計する場合、選択肢は実質的に次の3つです。
| 選択肢 | 行使時の課税 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 税制適格 | 要件を満たせば課税されない | 役職員への付与。基本はこれ |
| 非適格(無償) | 行使時に課税される | 適格の要件を満たせない対象者に渡す場合 |
| 有償 | 払込みを伴う別の枠組み | 対価を払ってでも条件を柔軟にしたい場合 |
基本は税制適格です。要件を満たせない相手に渡したい場合にだけ、他の選択肢を検討することになります。
信託型が解こうとした課題は、発行枠を大きめに確保しておき、採用のたびに付与することで実務上は回せます。行使価額は付与のたびに評価し直すことになりますが、税務上の前提が安定しているぶん、後から覆るリスクがありません。
基本は税制適格。「後から配りたい」は枠の確保で解決します。
信託型が解こうとした課題は残ります。株価が上がった後に入る人ほど、権利行使価額が高くなるという問題です。同じ働きをしても、受け取れる差額が小さくなります。
税制適格の枠組みの中で、この差を埋める手は次のとおりです。
| 手 | やること | 限界 |
|---|---|---|
| 株数を増やす | 後から入る人には、多めの株数を付与する | 枠を消費する。希薄化が進む |
| 現金報酬を上げる | 株式で埋めきれない分を給与で補う | 手元資金が必要になる |
| 付与の時期を前倒しする | 入社の合意ができた段階で早めに付与する | 評価のタイミングの問題は残る |
| ラウンドの前に付与する | 調達で株価が上がる前に決議する | 採用が決まっていないと使えない |
どれも完全な解決ではありません。株価が上がるのは会社が伸びている証拠なので、後から入る人の行使価額が高くなること自体は避けられないのが実際のところです。
実務的には、株数と現金報酬の組み合わせで調整し、その考え方を社内で説明できる形にしておくことが落としどころになります。個別交渉で都度決めていくと、後から不公平が表面化します。
信託型は、その差を制度で消そうとした試みでした。結果として税務の前提が変わり、負担だけが残りました。制度で消そうとするより、株数と報酬の組み合わせで説明できる範囲に収めるほうが、後から覆りません。
差は完全には消せません。株数と現金報酬の組み合わせで調整し、考え方を説明できる形にしておきます。
この仕組みがなぜ多くの会社で採用されたのかを押さえておくと、代替を考えるときの判断が変わります。理由は3つありました。
1人目と50人目では、付与される時点の株価がまったく違います。会社が伸びているほど差は開きます。信託に預けた時点の価格で固定できるなら、後から入る人も早い時期の条件で受け取れる——これが最大の動機でした。
通常の枠でも「誰に配るか」は後から決められますが、行使価額はそのつど評価し直すことになります。信託型なら価格を固定したまま配る相手だけを後から決められる、と理解されていました。採用計画が固まっていない段階でも設計できる点が支持されました。
行使時に課税されず、売却時に譲渡所得として課税される。この理解が前提にありました。結果として、この3つ目が覆ったことで、1つ目と2つ目の利点だけでは採用の理由にならなくなりました。
3つの利点のうち、1つ目と2つ目は仕組みの設計から来るものですが、3つ目は税務上の解釈に依存していました。解釈に依存した利点は、解釈が変われば消えます。設計を選ぶときは「この利点は何に依存しているか」を分けて見てください。
利点のうち税務上の扱いだけが解釈に依存していました。そこが覆ったため、残る利点では選ぶ理由になりません。
信託型を検討していた会社が、次に比較対象として挙げることが多いのが有償ストックオプションです。名前は似ていますが、性格がかなり違います。
有償型では、受け取る側が新株予約権そのものに対価を払います。無償で付与する税制適格の枠組みとは別の仕組みで、投資として引き受ける形に近くなります。
| 税制適格 | 有償 | |
|---|---|---|
| 受け取る側の負担 | 付与時の支払いはない | 新株予約権の対価を払う |
| 行使の条件 | 法令の要件に縛られる | 比較的自由に設計できる |
| 対象者 | 役職員など。大口株主は除外 | 制約が少ない |
| 会計上の扱い | 要件による | 条件しだいで費用計上が必要になる場合がある |
有償型が向くのは、適格の要件を満たせない相手に渡したい場合や、業績条件など細かい条件を付けたい場合です。一方で、受け取る側は先に現金を払うことになるため、金額が大きいと引き受けてもらえません。
また、会計上の扱いについては過去に見解の整理が行われており、条件の設計によって費用計上が必要になる場合があります。導入する前に、税務と会計の両方を確認してください。
有償型は条件を自由に設計できる代わりに、受け取る側が先に払う仕組みです。適格の代わりにはなりません。
この件に限らず、いちど設計した仕組みの税務上の取り扱いが後から変わることはあります。そのときに会社側で必要になる動きは、おおむね共通しています。
| 順 | やること | 放置するとどうなるか |
|---|---|---|
| 1 | 自社が該当するかを確認する | 該当していることに気づかないまま行使が進む |
| 2 | すでに行使された分の有無を洗う | 過去分の対応が必要かどうか判断できない |
| 3 | 税理士と対応方針を決める | 個別事情を踏まえない判断をしてしまう |
| 4 | 受け取った人へ説明する | 本人が知らないまま行使し、納税で問題になる |
| 5 | 今後の運用を決める | 次の行使でも同じことが起きる |
| 6 | 投資家への説明を用意する | デューデリジェンスで止まる |
順序として大事なのは4番を後回しにしないことです。会社側の処理の話に見えますが、実際に納税するのは行使した個人です。本人が前提を知らないまま行使すると、想定していた手取りと違う結果になります。
ストックオプションは、現金報酬を抑える代わりに渡しているものです。その価値の前提が変わったことを伝えないまま行使させると、報酬の約束が変わったのと同じ受け取られ方をします。税務の話である以上に、採用と定着の話になります。
会社の処理より先に、受け取った人への説明を動かしてください。納税するのは本人です。
この一件は、ストックオプションの設計における一般的な教訓を含んでいます。
制度の細部は改正で動きます。設計の時点で、その扱いが法令や公表された取り扱いにもとづくものかを確認しておくことが、結局いちばん確実です。
教訓は3つ。前提は覆る/負担は個人に出る/後から直せない。設計の時点で確認するしかありません。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。