
前受金と売掛金は、どちらも「売上に関係する勘定」として扱われがちです。しかし資金繰りの観点では、正反対の意味を持ちます。
| 項目 | 売掛金 | 前受金 |
|---|---|---|
| 提供 | 済んでいる | まだ |
| 現金 | まだ入っていない | すでに入っている |
| 貸借対照表 | 資産 | 負債 |
| 会社が持つもの | 受け取る権利 | 提供する義務 |
| 資金繰り | 苦しくする | 楽にする |
売掛金は資産で資金繰りを苦しくし、前受金は負債で楽にします。
| 取引の流れ | 売掛モデル | 前受モデル |
|---|---|---|
| 契約 | — | — |
| 代金の受領 | 提供の後 | 提供の前 |
| 受領した時点の処理 | — | 前受金(負債)を計上 |
| 提供 | 提供時に売掛金(資産)を計上 | 提供時に前受金を取り崩し、売上を計上 |
| 入金 | 後日。売掛金が消える | すでに受領済み |
現金を受け取っても、提供が済むまでは売上になりません。負債として計上され、提供するにつれて売上に振り替わります。現金があっても、利益が出ているわけではありません。
ここを混同すると、「入金は多いのに利益が出ない」という状態が理解できなくなります。前受金が多い事業では、現金の残高と損益がずれます。
前受金はまだ売上ではありません。現金があっても利益ではありません。
| — | 売掛モデル | 前受モデル |
|---|---|---|
| 1 | 仕入れ・費用の支払い(現金が出る) | 代金の受領(現金が入る) |
| 2 | 提供 | 仕入れ・費用の支払い(現金が出る) |
| 3 | 入金(現金が入る) | 提供 |
| 資金の立替 | 必要 | 不要 |
先に代金を受け取れば、その資金で仕入れも人件費も払えます。会社が立て替える必要がありません。実質的に、顧客が運転資金を提供している構造です。
これが、前受モデルの事業が資金調達をあまり必要としない理由です。成長しても、運転資金が増えません。
前受モデルでは顧客が運転資金を出しています。立替が不要です。
月商1,000万円、仕入れが売上の60%の会社で、2つのモデルを比べます。
| 項目 | A:売掛モデル(回収2か月) | B:前受モデル |
|---|---|---|
| 売掛金 | 2,000万円 | 0円 |
| 棚卸資産 | 600万円 | 600万円 |
| 買掛金 | ▲1,200万円 | ▲1,200万円 |
| 前受金 | 0円 | ▲1,000万円 |
| 経常運転資金 | 1,400万円 | ▲1,600万円 |
同じ月商でも、必要な運転資金が3,000万円違います。前受モデルではマイナス——つまり、運転資金が要らないどころか、資金が余ります。
経常運転資金がマイナスということは、事業を回すこと自体が資金を生んでいるということです。借入をしなくても現金が積み上がります。
同じ月商でも、必要な運転資金が3,000万円違います。
一般に使われる式は「売上債権+棚卸資産-仕入債務」ですが、前受金がある事業では、これも差し引きます。前受金は、顧客から預かっている資金だからです。
| 項目 | 資金への効果 |
|---|---|
| 売上債権(売掛金・受取手形) | マイナス(立て替えている) |
| 棚卸資産 | マイナス(現金が在庫に変わっている) |
| 仕入債務(買掛金・支払手形) | プラス(支払いを待ってもらっている) |
| 前受金 | プラス(先に受け取っている) |
この式を使うと、自社の事業構造が、資金を必要とするのか生むのかが分かります。プラスなら立て替えが必要、マイナスなら資金が生まれます。
運転資金の計算と、金融機関への説明の仕方は 資金使途の説明 の記事で扱っています。
前受金は式から差し引きます。プラスなら立替が必要、マイナスなら資金が生まれます。
| 事業の例 | 前受けの形 |
|---|---|
| SaaS・サブスクリプション | 年間一括の前払い |
| 教育・スクール | 受講料の前払い |
| 建設・工事 | 着手金・中間金 |
| 受託開発 | 着手金 |
| 予約制のサービス | 予約金 |
| 会員制 | 年会費 |
| EC(前払い決済) | — |
これらの事業では、成長しても運転資金がほとんど増えません。むしろ売上が増えるほど、前受金が増えて現金が厚くなります。
受託開発でも、着手金を取るかどうかで資金繰りがまったく違います。業種で決まっているのではなく、取引条件で決まります。つまり、交渉できる余地があります。
業種ではなく取引条件で決まります。交渉の余地があります。
月商が1,000万円から2,000万円に倍増した場合の、必要資金の変化を見ます。
| 項目 | A:売掛モデル | B:前受モデル |
|---|---|---|
| 月商1,000万円のとき | 1,400万円 | ▲1,600万円 |
| 月商2,000万円のとき | 2,800万円 | ▲3,200万円 |
| 増加した必要資金 | +1,400万円 | ▲1,600万円(資金が増える) |
Aは成長のために1,400万円を調達しなければなりませんが、Bは成長するほど現金が増えます。同じ売上の伸びでも、資金繰りへの影響が正反対です。
売掛モデルの会社が急成長すると、利益が出ていても現金が足りなくなります。これが「黒字なのに資金が回らない」状態の典型です。増加運転資金として説明すれば、融資は受けやすくなります。
成長が速いほど差が開きます。Aは増加運転資金として説明してください。
ここまで前受金の利点を見てきましたが、負債であることを忘れてはいけません。
| 意味すること | 内容 |
|---|---|
| 提供する義務が残っている | まだ仕事が終わっていない |
| 費用がこれから発生する | 受け取った現金は、その費用に充てるもの |
| 返金の可能性 | 提供できなければ返す |
| 自己資本比率 | 負債が増えるため、比率は下がる |
もっとも危険な状態です。受け取った前受金を他の支払いに使ってしまうと、提供のための費用が払えなくなります。そして提供できなければ、返金の義務が生じます。
前受金が厚い会社ほど、「この現金のうち、いくらがこれからの費用に対応しているか」を把握する必要があります。
前受金はこれからの費用に対応する資金。使い切ってはいけません。
| 場面 | 返金の可能性 |
|---|---|
| 途中解約 | 契約による。未提供分の返金を求められうる |
| 提供できなくなった | 返金の義務 |
| 品質の問題 | 協議による |
| 自社が事業を続けられなくなった | 返金できないことが多い |
「途中解約の場合、未提供分をどう扱うか」を契約に書いていないと、解約のたびに争いになります。日割りで返す、返金しない、一定の違約金を差し引く——方針を決めて、契約に書いてください。
年間一括で前受けする事業では、解約が集中したときに返金の資金が必要になります。この可能性を資金繰りに織り込んでおいてください。
返金の条件を契約で明確に。解約の集中も織り込んでください。
| 立場 | 扱い |
|---|---|
| 前受金を払った顧客 | 一般の債権者として扱われるのが原則 |
| 優先されるか | 特別な保護がない限り、優先されない |
| 回収の見込み | 他の債権者と按分されるため、低い |
つまり、顧客から見れば、前払いにはリスクがあります。相手が倒産すれば、払った金額が戻らない可能性が高くなります。
顧客がリスクを負う構造なので、実績のない会社は前払いを求めにくくなります。逆に言えば、前払いで取引できていること自体が、信用の証明です。
一部の業種では、前受金の保全が法令で求められていることがあります。該当する事業を行う場合は、所管の官庁に確認してください。
顧客はリスクを負います。だから前払いには信用が要ります。
| 見る点 | 評価 |
|---|---|
| 資金繰りの安定性 | プラス。運転資金が要らない |
| 現預金の厚み | プラス |
| 負債として計上される | 自己資本比率は下がる |
| 借入の必要性 | 説明しにくくなる |
| 提供義務の残高 | これからの費用として見られる |
資金繰りが安定しているのは良いことですが、「手元に現金があるのに、なぜ借りるのか」と問われます。設備投資や、提供のための先行費用など、使途を具体的に説明する必要があります。
説明の組み立て方は 資金使途の説明 の記事で扱っています。前受金の残高に対応する費用がこれから出ていくことを、資金繰り表で示してください。
前受金が多いと借入の必要性を説明しにくくなります。使途を具体的に。
資金繰りを改善する手段として、取引条件を前受けの方向に動かせないかを検討する価値があります。
| 形 | 内容 | 相手の受け入れやすさ |
|---|---|---|
| 着手金 | 契約時に一部を受け取る | 比較的高い |
| 中間金 | 工程の途中で受け取る | 高い |
| 年間一括の割引 | 年払いなら割引する | 高い(相手に利点がある) |
| 前払いの割引 | 同上 | 高い |
| 全額前払い | — | 低い |
「年間一括でお支払いいただければ、2か月分を割引します」——相手にも利点がある形にすると、受け入れられやすくなります。割引の分は資金調達のコストと考えて、他の手段と比べてください。
たとえば月額10万円のサービスで、年払いなら10%引きの108万円にする。12万円の割引で、108万円を先に受け取れます。ただし、これが資金調達として割安かどうかは、計算してみないと分かりません。次章で確かめます。
割引とセットにすると通りやすい。割引は調達コストとして比べてください。
前章の例を、年率に直して確かめます。月額10万円のサービスを、年払い10%引きの108万円にした場合です。
| 項目 | 月払い | 年払い(10%引き) |
|---|---|---|
| 受け取る総額 | 120万円 | 108万円 |
| 受け取る時期 | 各月末(平均して6.5か月後) | 期初 |
| 差額 | — | ▲12万円 |
つまり、12万円を払って、108万円を平均6.5か月ぶん早く受け取っていることになります。年率に直すと——
| 計算 | 結果 |
|---|---|
| 割引率(12万円 ÷ 108万円) | 約11.1% |
| 前倒しの期間(平均) | 6.5か月 |
| 年率に換算すると | 約20.5% |
資金調達だけを目的にするなら、割高です。年利数%で借りられるなら、そちらのほうが安く済みます。
年払いの価値は、資金が早く入ることだけではありません。回収の手間が減り、途中解約が起きにくくなり、回収不能のリスクも下がります。これらを含めて判断するもので、調達コストだけで比べるものではありません。
逆に言えば、「資金繰りのために年払いの割引率を上げる」という判断は、慎重に行ってください。割引率を上げるほど、年率換算のコストは跳ね上がります。5%引きなら約9.7%、20%引きなら約46.2%です。
10%引きは年率約20.5%。調達コストとしては割高です。別の価値で判断を。
| 伝え方 | 相手の受け取り方 |
|---|---|
| 「資金繰りが苦しいので」 | 不安を持たれる |
| 「着手にあたって材料を手配するため」 | 理解されやすい |
| 「年払いなら割引します」 | 相手にとって利点がある |
| 「業界の慣行として」 | 実際にそうなら有効 |
| 「この規模の案件では通常」 | — |
相手にも理由が要ります。「材料の手配が必要」「外注先への支払いが先行する」といった、実際の事情を示してください。
既存の取引先に条件変更を求めるのは、難易度が高くなります。新規の取引から前受けの条件にしていくほうが、抵抗が少なくなります。時間はかかりますが、確実です。
新規の取引から条件を変えていく。既存の変更は難易度が高くなります。
| 状況 | 会計処理 |
|---|---|
| 代金を受け取った | 前受金(負債)を計上。売上ではない |
| 提供が完了した | 前受金を取り崩し、売上を計上 |
| 継続的なサービス | 提供期間に応じて、按分して売上に振り替える |
| 期をまたぐ場合 | 未提供分は前受金として繰り越す |
現金が入った時点で全額を売上にすると、利益が前倒しで計上され、実態と合わなくなります。翌期の売上がないのに費用だけ出ていく、という決算になります。
年間一括で受け取るサービスでは、提供期間に応じて按分するのが原則です。会計処理は税理士に確認してください。
この処理を正しく行っていれば、決算書を見た人が「前受金の残高=これから提供する分」と読めます。金融機関への説明も、そこから組み立てられます。
受領時点で売上にしない。提供期間に応じて按分してください。
1番と2番——自社の運転資金がプラスかマイナスかから始めてください。
この記事は債権による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。