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株式による調達

株主間契約の拒否権はどこまで渡してよいか

拒否権は持株比率とは別に効きます。過半数を持っていても対象事項は単独で進められません。問題は拒否されることではなく手続きに時間がかかることで、交渉では金額の基準の引き上げが最も効きます。

公開:2026年9月14日 Creww Finance Media 編集部
この記事の内容

  1. 拒否権は「決められない」をつくる仕組み
  2. どこに書かれるか|契約か、定款か
  3. 対象になる事項の一覧
  4. 数が増えると、経営の速度が落ちる
  5. 誰の同意が必要かを設計する
  6. 事前の承諾と、事後の報告を切り分ける
  7. ラウンドを重ねると、拒否権も積み上がる
  8. 拒否権と、投資家が指名する取締役
  9. 交渉でどこを削るか
  10. 運用してみると分かること
  11. チェックリスト
  12. よくある質問

拒否権は「決められない」をつくる仕組み

株主間契約や投資契約には、一定の事項について投資家の同意がなければ実行できないと定める条項が置かれます。拒否権と呼ばれるものです。

持株比率とは別の話である点が重要です。投資家の持分が15%でも、拒否権の対象になっている事項については、同意がなければ進められません。「過半数を持っているから決められる」とは限らないのはこのためです。

拒否権一定の事項について、同意がなければ実行できないと定めた権利。実務では「事前承諾事項」などと書かれる。
株主間契約株主どうしの取り決め。会社の運営や株式の扱いを定める。
種類株主総会特定の種類の株式を持つ株主だけで行う決議。定款で定めた事項に必要になる。
事前承諾事項実行の前に同意を得る必要がある事項の一覧。
この章の要点

拒否権は持株比率とは別に効きます。過半数を持っていても、対象事項は単独で進められません。

どこに書かれるか|契約か、定款か

同じ「投資家の同意が要る」でも、書く場所によって効力の性質が変わります。

株主間契約に書く 定款に書く(種類株主総会)
効力 契約の当事者のあいだで有効 会社の行為そのものの効力に関わる
違反したとき 契約違反として責任を負う 決議や行為が無効になりうる
登記 されない 種類株式の内容として登記される
外から見えるか 見えない 見える

定款に書いた場合、同意なく行った行為の効力自体が問題になります。契約に書いた場合は、行為は有効に成立したうえで、契約違反の責任を負うという構造です。

実務では両方に分けて書かれることが多く、とくに重い事項だけを定款に置く設計が取られます。どの事項がどちらに書かれているかは、必ず確認してください。

この章の要点

定款に書くと行為の効力に関わります。契約なら責任の問題にとどまります。どちらに何が書かれているかを把握してください。

対象になる事項の一覧

契約によって範囲は違いますが、置かれやすい事項はおおむね共通しています。

分野 対象になる事項の例 経営への影響
資本 新株・新株予約権の発行、株式の分割 次の調達そのものが対象になる
定款 定款の変更 会社の基本的な設計に関わる
機関 取締役の選任・解任、報酬の決定 経営体制の変更が止まる
組織再編 合併、会社分割、事業譲渡 出口の選択肢に直結する
財務 一定額を超える借入、担保の設定 資金繰りの手段が制約される
投資 一定額を超える設備投資、子会社の設立 事業展開の速度に効く
事業 主要な事業の変更、撤退 方向転換が止まる
分配 剰余金の配当、自己株式の取得 —
知的財産 重要な知的財産の譲渡・ライセンス 提携の交渉が止まることがある
人事 重要な使用人の採用・解任 採用の意思決定が遅れる

スタートアップで実際に効いてくるのは、財務・投資・人事の3つです。資本や組織再編は頻度が低い一方、この3つは日常の意思決定に関わるためです。

この章の要点

頻度で効くのは財務・投資・人事。資本や組織再編より、こちらのほうが日常を止めます。

数が増えると、経営の速度が落ちる

1つひとつの事項は、どれも「言われてみれば投資家が関心を持つのは当然」に見えます。問題は、数が積み上がったときに何が起きるかです。

対象事項が20を超えると、日常的な判断のかなりの部分が同意を要する状態になります。同意を取るには、説明資料を作り、先方の検討を待つことになります。

数日〜数週間同意を得るまでにかかる時間
投資家の数だけ説明する相手
意思決定の速度失われるもの

金額の基準が低く設定されている場合はとくに深刻です。「300万円を超える支出」が対象になっていれば、広告出稿や採用の1件ごとに承諾を取ることになります。

断られるかどうかより、時間がかかることが問題

投資家が実際に拒否する場面は多くありません。実務で効くのは「聞かなければならない」という手続きそのものです。判断のたびに数日〜数週間が挟まると、機会を逃します。交渉では「拒否されるか」ではなく「何件、どれくらいの頻度で発生するか」で考えてください。

この章の要点

問題は拒否されることではなく手続きに時間がかかることです。頻度と金額の基準で見てください。

誰の同意が必要かを設計する

「投資家の同意」と一言で書かれていても、設計にはいくつかの型があります。

型 内容 会社にとって
全員の同意 対象となる株主全員の同意が必要 もっとも重い。1社でも反対すれば止まる
多数の同意 対象株主の議決権の過半数など 1社の反対では止まらない
リード投資家の同意 指定した投資家の同意で足りる 窓口が1つになり、運用が軽い
取締役会の決議 投資家が指名した取締役を含む決議 会社の機関の中で完結する

投資家が増えるほど、「全員の同意」は現実的でなくなります。3社、5社と増えた状態で全員から個別に承諾を取るのは、事務として回りません。

交渉で提案しやすいのは、リード投資家の同意で足りる形か、対象株主の一定割合の同意にする形です。投資家側にとっても、少額の出資者まで個別対応するのは負担になるため、合意できることがあります。

この章の要点

投資家が増えるほど「全員の同意」は回りません。リード投資家、または一定割合に寄せる設計を提案してください。

事前の承諾と、事後の報告を切り分ける

すべてを事前承諾にする必要はありません。投資家が知っておきたいだけの事項と、止められる必要がある事項は別です。

扱い 向いている事項 会社の負担
事前承諾 資本、定款、組織再編など取り返しがつかないもの 重い
事前協議 方針に関わるが、最終判断は会社が行うもの 中程度
事後報告 金額が一定以下の支出、通常の採用など 軽い

交渉では「この項目を削ってください」より、「事前承諾ではなく事後報告にできませんか」と提案するほうが通りやすくなります。投資家が得たいのは情報であり、必ずしも拒否する権利ではないためです。

あわせて、報告の頻度と形式も決めておいてください。月次の報告にまとめて含める形にすれば、件ごとの連絡が不要になります。

この章の要点

削る交渉より事後報告への変更を提案してください。相手が欲しいのは情報であることが多くあります。

ラウンドを重ねると、拒否権も積み上がる

シリーズA、B、Cと進むと、それぞれの投資家が拒否権を持つ形になります。ここで2つの問題が起きます。

1. 承諾を取る相手が増える

ラウンドごとに対象株主が増えれば、同じ事項でも確認する先が増えます。3ラウンドを終えた会社で、1件の承諾に1か月かかるという状態は珍しくありません。

2. 利害が一致しない場面が出る

早い時期に入った投資家と、直近で入った投資家では、期待する出口の水準が違います。ある投資家にとっては十分な売却額でも、別の投資家にとっては受け入れられないことがあります。組織再編が拒否権の対象になっている場合、ここで止まります。

この2つを避けるため、ラウンドごとに拒否権を新設するのではなく、既存の枠組みに合流してもらう設計を提案することになります。新しい投資家にも、既存の株主間契約に加わってもらう形です。

次のラウンドの前に、既存の条項を見直す

新しい投資家は、既存の契約を前提に条件を出してきます。既存の拒否権が重いほど、新しい投資家も同等以上を求めます。次の調達を始める前に、いまの条項が実態に合っているかを既存投資家と話しておくと、積み上がりを抑えられます。

この章の要点

ラウンドごとに新設せず既存の枠組みに合流してもらう。次の調達の前に見直してください。

拒否権と、投資家が指名する取締役

投資家が経営に関与する手段は、拒否権だけではありません。取締役を指名する権利や、取締役会への出席を認めるオブザーバーの権利が、あわせて定められることがあります。3つは性質が違います。

手段 できること 会社への影響
拒否権 対象事項を止められる 実行の前に同意を取る手続きが発生する
取締役の指名 意思決定の場に入り、議論に加われる 取締役会の構成が変わる。善管注意義務を負う立場になる
オブザーバー 取締役会に出席して情報を得る 議決権はない。情報提供の負担が増える

3つが重なると、同じ論点を取締役会でも議論し、そのうえで拒否権の同意も取るという二重の手続きになることがあります。実務では、これが意思決定を遅らせる原因になります。

重ならないように設計する

交渉で提案しやすいのは、取締役会の決議を経た事項は、拒否権の対象から外すという整理です。投資家が指名した取締役が議論に加わっているなら、同じ論点を再度承諾の形で確認する必要は小さくなります。

ただし、これが成立するのは投資家が指名した取締役が実際に選任されている場合だけです。指名権があっても選任していない状態では、取締役会での議論に投資家が関与していないため、この整理は使えません。

取締役を受け入れると、責任の構造も変わる

投資家が指名した人が取締役になると、その人は会社に対して善管注意義務を負う立場になります。投資家の代理人としてだけ動ける立場ではなくなるということです。この点は会社にとって有利に働く場面もあります。単に「経営に口を出される」と捉えず、構造として理解しておいてください。

この章の要点

拒否権・取締役の指名・オブザーバーは別の手段です。重なると手続きが二重になるので、切り分けを提案してください。

交渉でどこを削るか

すべてを削るのは現実的ではありません。優先順位をつけて臨みます。

優先度 働きかける内容 理由
高 金額の基準を引き上げる 件数が直接減る。もっとも効く
高 同意する主体をリード投資家に寄せる 運用の負担が大きく変わる
中 人事の項目を事後報告にする 採用の速度に直結する
中 回答の期限を設ける 放置されて止まるのを防ぐ
低 資本・定款の項目を削る 投資家の関心が最も強く、通りにくい

金額の基準の引き上げが、もっとも費用対効果の高い交渉です。項目そのものを削る必要はなく、基準を上げるだけで日常的な承諾の件数が大きく減ります。

もう1つ、見落とされやすいのが回答の期限です。「請求から10営業日以内に回答がない場合は同意したものとみなす」といった定めを入れておくと、連絡がつかないまま止まる事態を避けられます。

この章の要点

最優先は金額の基準の引き上げと同意する主体の集約。項目を削るより効きます。

運用してみると分かること

契約を結んだ後、実際に運用する段階で出てくる論点があります。

4つ目が実務では悩ましい部分です。「重要な」という言葉が入っている項目は、どこからが重要かの解釈が分かれます。迷ったら投資家に確認する運用にしておくほうが、後から問題になりません。

また、承諾を取った事実は記録に残してください。次のラウンドのデューデリジェンスで、契約の遵守状況が確認されます。対象事項を承諾なく実行していた形跡があると、そこが論点になります。

この章の要点

運用で効くのは担当・資料の形式・記録。承諾の記録は次の調達で確認されます。

チェックリスト

条項を受け入れる前に

  • 対象事項を数え、いくつあるかを把握した
  • どれが定款に、どれが契約に書かれているかを確認した
  • 金額の基準が、自社の日常の支出規模に合っているか確認した
  • 同意する主体(全員/一定割合/リード)を確認した
  • 事前承諾・事前協議・事後報告の切り分けを提案した
  • 回答の期限と、みなし同意の定めを入れた
  • 「重要な」などの解釈が分かれる語について、基準を確認した
  • 既存の株主間契約との関係を整理した
  • 承諾を取る担当と、記録の残し方を決めた
  • 弁護士に条項を確認してもらった
この章の要点

最初にやるのは対象事項を数えること。件数と頻度が分からないと、重さを判断できません。

よくある質問

Q. 拒否権を一切受け入れない、という交渉は可能ですか
現実的ではありません。投資家は少数株主として出資するため、経営を監督する手段を求めます。受け入れる前提で、範囲と運用を設計するほうが建設的です。
Q. 対象事項はいくつが普通ですか
当編集部で確認できる統一的な基準はありません。数より、日常の意思決定にどれだけ関わるかで判断してください。10項目でも金額の基準が低ければ重く、20項目でも基準が高ければ軽く回ります。
Q. 同意を得ずに実行してしまった場合、どうなりますか
契約に書かれている事項なら契約違反となり、責任を問われる可能性があります。定款に書かれている事項なら、行為や決議の効力そのものが問題になりえます。気づいた時点で弁護士に相談してください。
Q. 投資家が回答をくれない場合はどうすればよいですか
回答の期限とみなし同意の定めがあれば、それに従います。無い場合は事実上止まるため、条項を作る段階で期限を入れておくことが対策になります。
Q. 創業者どうしの拒否権も、同じ契約に書きますか
創業者どうしの取り決めは創業株主間の契約で定めるのが通常です。投資家との株主間契約とは目的が異なるため、内容が矛盾しないように両方を突き合わせてください。
Q. 拒否権は、持株比率が下がっても残りますか
契約の定めによります。一定の比率を下回った場合に権利が消滅する定め(保有比率の要件)を入れておくと、持分が小さくなった投資家の拒否権が残り続ける事態を避けられます。
Q. 上場の準備に入ったら、拒否権はどうなりますか
上場の申請にあたって解消するのが通常です。契約に、上場の申請や承認を条件として効力を失う定めを入れておくと、その段階での交渉が不要になります。
Q. 取締役の指名権とは、どう違いますか
指名権は、投資家が取締役を送り込む権利です。拒否権が「止める」権利であるのに対し、指名権は「意思決定の場に入る」権利で、性質が異なります。両方が同時に定められることもあります。
Q. 次の調達のときに、既存の拒否権が障害になりますか
なることがあります。新株の発行が拒否権の対象になっていれば、次の調達自体に既存投資家の同意が必要です。条件が折り合わない場合、調達が止まります。次の調達を見込む段階で、既存投資家と方向性を共有しておいてください。
Q. 契約書の雛形をそのまま使ってもよいですか
出発点にはなりますが、金額の基準や同意する主体は自社の実態に合わせて決める部分です。雛形の数値をそのまま使うと、日常の意思決定が止まる設計になることがあります。弁護士と確認してください。
Q. 拒否権の対象事項は、あとから減らせますか
当事者全員の合意があれば変更できます。実務では、次のラウンドで契約を作り直す際に見直すことが多くなります。運用してみて実態に合っていない項目があれば、そのタイミングで整理を提案してください。
Q. 投資家が複数いて、意見が割れた場合はどうなりますか
同意の要件によります。全員の同意が必要な設計なら、1社でも反対すれば実行できません。一定割合や、リード投資家の同意で足りる設計にしていれば、割れても進められます。ここが設計の分かれ目です。
Q. 少額の出資者にも拒否権を渡すべきですか
渡すほど運用が重くなります。出資額や保有比率に応じて、拒否権を持つ主体を限定する設計が一般的です。保有比率の要件を入れておくと、比率が下がった場合に自動的に外れます。
Q. 拒否権の対象かどうか、判断に迷ったときは
投資家に確認してください。対象外だと自己判断で進め、後から対象だったと指摘されるほうが重い結果になります。判断に迷う項目が多い場合、契約の文言そのものが曖昧である可能性があります。
出典

  • 会社法 第108条(異なる種類の株式)、第323条(種類株主総会の決議)、第309条(株主総会の決議)— e-Gov法令検索
  • 経済産業省「新規事業の創造・拡大」— 経済産業省