
株主間契約や投資契約には、一定の事項について投資家の同意がなければ実行できないと定める条項が置かれます。拒否権と呼ばれるものです。
持株比率とは別の話である点が重要です。投資家の持分が15%でも、拒否権の対象になっている事項については、同意がなければ進められません。「過半数を持っているから決められる」とは限らないのはこのためです。
拒否権は持株比率とは別に効きます。過半数を持っていても、対象事項は単独で進められません。
同じ「投資家の同意が要る」でも、書く場所によって効力の性質が変わります。
| 株主間契約に書く | 定款に書く(種類株主総会) | |
|---|---|---|
| 効力 | 契約の当事者のあいだで有効 | 会社の行為そのものの効力に関わる |
| 違反したとき | 契約違反として責任を負う | 決議や行為が無効になりうる |
| 登記 | されない | 種類株式の内容として登記される |
| 外から見えるか | 見えない | 見える |
定款に書いた場合、同意なく行った行為の効力自体が問題になります。契約に書いた場合は、行為は有効に成立したうえで、契約違反の責任を負うという構造です。
実務では両方に分けて書かれることが多く、とくに重い事項だけを定款に置く設計が取られます。どの事項がどちらに書かれているかは、必ず確認してください。
定款に書くと行為の効力に関わります。契約なら責任の問題にとどまります。どちらに何が書かれているかを把握してください。
契約によって範囲は違いますが、置かれやすい事項はおおむね共通しています。
| 分野 | 対象になる事項の例 | 経営への影響 |
|---|---|---|
| 資本 | 新株・新株予約権の発行、株式の分割 | 次の調達そのものが対象になる |
| 定款 | 定款の変更 | 会社の基本的な設計に関わる |
| 機関 | 取締役の選任・解任、報酬の決定 | 経営体制の変更が止まる |
| 組織再編 | 合併、会社分割、事業譲渡 | 出口の選択肢に直結する |
| 財務 | 一定額を超える借入、担保の設定 | 資金繰りの手段が制約される |
| 投資 | 一定額を超える設備投資、子会社の設立 | 事業展開の速度に効く |
| 事業 | 主要な事業の変更、撤退 | 方向転換が止まる |
| 分配 | 剰余金の配当、自己株式の取得 | — |
| 知的財産 | 重要な知的財産の譲渡・ライセンス | 提携の交渉が止まることがある |
| 人事 | 重要な使用人の採用・解任 | 採用の意思決定が遅れる |
スタートアップで実際に効いてくるのは、財務・投資・人事の3つです。資本や組織再編は頻度が低い一方、この3つは日常の意思決定に関わるためです。
頻度で効くのは財務・投資・人事。資本や組織再編より、こちらのほうが日常を止めます。
1つひとつの事項は、どれも「言われてみれば投資家が関心を持つのは当然」に見えます。問題は、数が積み上がったときに何が起きるかです。
対象事項が20を超えると、日常的な判断のかなりの部分が同意を要する状態になります。同意を取るには、説明資料を作り、先方の検討を待つことになります。
金額の基準が低く設定されている場合はとくに深刻です。「300万円を超える支出」が対象になっていれば、広告出稿や採用の1件ごとに承諾を取ることになります。
投資家が実際に拒否する場面は多くありません。実務で効くのは「聞かなければならない」という手続きそのものです。判断のたびに数日〜数週間が挟まると、機会を逃します。交渉では「拒否されるか」ではなく「何件、どれくらいの頻度で発生するか」で考えてください。
問題は拒否されることではなく手続きに時間がかかることです。頻度と金額の基準で見てください。
「投資家の同意」と一言で書かれていても、設計にはいくつかの型があります。
| 型 | 内容 | 会社にとって |
|---|---|---|
| 全員の同意 | 対象となる株主全員の同意が必要 | もっとも重い。1社でも反対すれば止まる |
| 多数の同意 | 対象株主の議決権の過半数など | 1社の反対では止まらない |
| リード投資家の同意 | 指定した投資家の同意で足りる | 窓口が1つになり、運用が軽い |
| 取締役会の決議 | 投資家が指名した取締役を含む決議 | 会社の機関の中で完結する |
投資家が増えるほど、「全員の同意」は現実的でなくなります。3社、5社と増えた状態で全員から個別に承諾を取るのは、事務として回りません。
交渉で提案しやすいのは、リード投資家の同意で足りる形か、対象株主の一定割合の同意にする形です。投資家側にとっても、少額の出資者まで個別対応するのは負担になるため、合意できることがあります。
投資家が増えるほど「全員の同意」は回りません。リード投資家、または一定割合に寄せる設計を提案してください。
すべてを事前承諾にする必要はありません。投資家が知っておきたいだけの事項と、止められる必要がある事項は別です。
| 扱い | 向いている事項 | 会社の負担 |
|---|---|---|
| 事前承諾 | 資本、定款、組織再編など取り返しがつかないもの | 重い |
| 事前協議 | 方針に関わるが、最終判断は会社が行うもの | 中程度 |
| 事後報告 | 金額が一定以下の支出、通常の採用など | 軽い |
交渉では「この項目を削ってください」より、「事前承諾ではなく事後報告にできませんか」と提案するほうが通りやすくなります。投資家が得たいのは情報であり、必ずしも拒否する権利ではないためです。
あわせて、報告の頻度と形式も決めておいてください。月次の報告にまとめて含める形にすれば、件ごとの連絡が不要になります。
削る交渉より事後報告への変更を提案してください。相手が欲しいのは情報であることが多くあります。
シリーズA、B、Cと進むと、それぞれの投資家が拒否権を持つ形になります。ここで2つの問題が起きます。
ラウンドごとに対象株主が増えれば、同じ事項でも確認する先が増えます。3ラウンドを終えた会社で、1件の承諾に1か月かかるという状態は珍しくありません。
早い時期に入った投資家と、直近で入った投資家では、期待する出口の水準が違います。ある投資家にとっては十分な売却額でも、別の投資家にとっては受け入れられないことがあります。組織再編が拒否権の対象になっている場合、ここで止まります。
この2つを避けるため、ラウンドごとに拒否権を新設するのではなく、既存の枠組みに合流してもらう設計を提案することになります。新しい投資家にも、既存の株主間契約に加わってもらう形です。
新しい投資家は、既存の契約を前提に条件を出してきます。既存の拒否権が重いほど、新しい投資家も同等以上を求めます。次の調達を始める前に、いまの条項が実態に合っているかを既存投資家と話しておくと、積み上がりを抑えられます。
ラウンドごとに新設せず既存の枠組みに合流してもらう。次の調達の前に見直してください。
投資家が経営に関与する手段は、拒否権だけではありません。取締役を指名する権利や、取締役会への出席を認めるオブザーバーの権利が、あわせて定められることがあります。3つは性質が違います。
| 手段 | できること | 会社への影響 |
|---|---|---|
| 拒否権 | 対象事項を止められる | 実行の前に同意を取る手続きが発生する |
| 取締役の指名 | 意思決定の場に入り、議論に加われる | 取締役会の構成が変わる。善管注意義務を負う立場になる |
| オブザーバー | 取締役会に出席して情報を得る | 議決権はない。情報提供の負担が増える |
3つが重なると、同じ論点を取締役会でも議論し、そのうえで拒否権の同意も取るという二重の手続きになることがあります。実務では、これが意思決定を遅らせる原因になります。
交渉で提案しやすいのは、取締役会の決議を経た事項は、拒否権の対象から外すという整理です。投資家が指名した取締役が議論に加わっているなら、同じ論点を再度承諾の形で確認する必要は小さくなります。
ただし、これが成立するのは投資家が指名した取締役が実際に選任されている場合だけです。指名権があっても選任していない状態では、取締役会での議論に投資家が関与していないため、この整理は使えません。
投資家が指名した人が取締役になると、その人は会社に対して善管注意義務を負う立場になります。投資家の代理人としてだけ動ける立場ではなくなるということです。この点は会社にとって有利に働く場面もあります。単に「経営に口を出される」と捉えず、構造として理解しておいてください。
拒否権・取締役の指名・オブザーバーは別の手段です。重なると手続きが二重になるので、切り分けを提案してください。
すべてを削るのは現実的ではありません。優先順位をつけて臨みます。
| 優先度 | 働きかける内容 | 理由 |
|---|---|---|
| 高 | 金額の基準を引き上げる | 件数が直接減る。もっとも効く |
| 高 | 同意する主体をリード投資家に寄せる | 運用の負担が大きく変わる |
| 中 | 人事の項目を事後報告にする | 採用の速度に直結する |
| 中 | 回答の期限を設ける | 放置されて止まるのを防ぐ |
| 低 | 資本・定款の項目を削る | 投資家の関心が最も強く、通りにくい |
金額の基準の引き上げが、もっとも費用対効果の高い交渉です。項目そのものを削る必要はなく、基準を上げるだけで日常的な承諾の件数が大きく減ります。
もう1つ、見落とされやすいのが回答の期限です。「請求から10営業日以内に回答がない場合は同意したものとみなす」といった定めを入れておくと、連絡がつかないまま止まる事態を避けられます。
最優先は金額の基準の引き上げと同意する主体の集約。項目を削るより効きます。
契約を結んだ後、実際に運用する段階で出てくる論点があります。
4つ目が実務では悩ましい部分です。「重要な」という言葉が入っている項目は、どこからが重要かの解釈が分かれます。迷ったら投資家に確認する運用にしておくほうが、後から問題になりません。
また、承諾を取った事実は記録に残してください。次のラウンドのデューデリジェンスで、契約の遵守状況が確認されます。対象事項を承諾なく実行していた形跡があると、そこが論点になります。
運用で効くのは担当・資料の形式・記録。承諾の記録は次の調達で確認されます。
最初にやるのは対象事項を数えること。件数と頻度が分からないと、重さを判断できません。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。