
投資契約には、会社と創業者が「これらは事実です」と述べる条項が並びます。表明保証と呼ばれるものです。
読み流されやすいのですが、これは確認ではなく約束です。書かれている内容が事実と違っていた場合、契約上の責任が発生します。知らなかった、気づかなかった、という説明は原則として通りません。
表明保証は事実の確認ではなく、契約上の約束です。違っていれば責任が発生します。
投資家は、会社の内部を完全には見られません。デューデリジェンスで資料を確認しても、出てこなかった事実まではたどり着けません。
そこで、「見えない部分について、問題がないことを会社側に約束してもらう」という形を取ります。もし約束と違っていたら金銭で埋める、という取り決めをセットにすることで、見えないリスクを扱える形にしているわけです。
つまり表明保証は、投資家が意地悪をしているのではなく、情報の非対称を埋めるための仕組みです。この前提を理解しておくと、交渉の仕方が変わります。「削ってください」より「ここは開示別紙に書きます」のほうが通りやすいのは、そのためです。
問題のある事実を伏せて署名すると、後で発覚したときに表明保証違反になります。先に開示別紙へ書き出しておけば、それは違反になりません。開示した内容を理由に条件が変わることはあっても、契約後に責任を問われるよりはるかに軽く済みます。
目的は情報の非対称を埋めることです。だから「隠す」より「開示する」ほうが結果として有利になります。
契約によって並びは違いますが、扱われる範囲はおおむね共通しています。
| 分野 | 約束する内容の例 | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 会社の存在 | 適法に設立され、存続していること | — |
| 株式 | 発行済株式・新株予約権が資料のとおりであること | 資本政策表と登記が一致していない |
| 計算書類 | 決算書が適正に作成されていること | 費用の計上時期、売上の認識 |
| 負債 | 開示した以外の債務がないこと | 役員借入金、未払いの残業代、保証 |
| 契約 | 重要な契約に違反がないこと | 解除条項、支配権変更条項 |
| 知的財産 | 事業に必要な権利を保有していること | 業務委託先が作ったものの権利帰属 |
| 労務 | 法令に従って労務管理をしていること | 残業代、業務委託と雇用の区別 |
| 税務 | 申告・納付を適正に行っていること | — |
| 訴訟 | 係争や、その見込みがないこと | クレームの段階のものをどう扱うか |
| 関連当事者取引 | 役員やその親族との取引を開示したこと | 代表個人からの借入、家族への支払い |
スタートアップで実際に問題になりやすいのは、知的財産・労務・関連当事者取引の3つです。いずれも、創業初期の運用がそのまま残っていることが原因になります。
実務で引っかかるのは知的財産の権利帰属・労務・関連当事者取引。創業初期の運用が残っている部分です。
同じ項目でも、「知る限り」という限定が付いているかどうかで、負う責任の重さが変わります。
| 限定なし | 「知る限り」付き | |
|---|---|---|
| 知らなかった事実 | 責任を負う | 責任を負わない |
| 争点になるもの | 事実かどうか | 知っていたかどうか |
| 使われやすい項目 | 株式、計算書類など自社で把握できる事項 | 第三者の行為に関わる事項 |
交渉の実務では、自社で確実に把握できる事項は限定なし、把握しきれない事項には「知る限り」を付けるという切り分けを提案する形になります。
たとえば「取引先が法令に違反していないこと」を限定なしで保証するのは、現実的ではありません。取引先の内部は見られないからです。一方で「発行済株式数が資料のとおりであること」は、自社で確認できます。
また「知る限り」の範囲を、誰の認識で判断するかも決めておきます。代表だけなのか、役員全員なのか、一定の役職者まで含むのか。範囲が広いほど、責任も広くなります。
自社で把握できるかどうかで切り分けます。「知る限り」の対象になる人の範囲も確認してください。
表明保証に違反があった場合の扱いは、補償条項で定められます。段階は3つあります。
3つ目がもっとも重い定めです。投資家が保有する株式を、会社または創業者に買い取らせるという内容で、実質的に出資の巻き戻しに近くなります。この定めがあるかどうかは必ず確認してください。
買取りの義務者に創業者個人が含まれていると、会社の資金ではなく個人の資産で対応することになります。会社が破綻していても義務は残ります。この条項の有無と、義務者が誰かは、契約全体の中でもっとも重い部分です。
もっとも重いのは株式買取請求の定めです。義務者に個人が含まれているかを確認してください。
補償が無制限・無期限だと、リスクが計算できません。そこで通常は上限と期間を定めます。
| 項目 | 何を決めるか | 交渉の観点 |
|---|---|---|
| 補償の上限 | いくらまで補償するか | 投資額を上限にできるか |
| 請求できる期間 | いつまで請求できるか | 期間が長いほど、リスクが残り続ける |
| 最低金額 | いくら以上の損害から請求できるか | 少額の請求が積み重なるのを防ぐ |
| 例外 | 上限や期間の対象外とする項目 | 税務や株式に関する項目は例外とされることがある |
上限は投資額と同額とする例をよく見ますが、当編集部で確認できる統一的な基準はありません。重要なのは、上限がいくらで、どの項目が例外になっているかを把握することです。
期間は、税務に関する項目だけ長く設定されることがあります。税務調査の時効を意識した設計です。「全部同じ期間」と思い込まないでください。
確認するのは上限・期間・最低金額・例外の4つ。とくに例外とされる項目に注意してください。
実務でもっとも重い論点がこれです。表明保証をするのは会社だけなのか、創業者個人も当事者として加わるのか。
| 会社のみ | 創業者個人も | |
|---|---|---|
| 補償の原資 | 会社の資産 | 個人の資産 |
| 会社が破綻した場合 | 実質的に回収できない | 個人に請求が残る |
| 創業者にとって | 事業上のリスクにとどまる | 個人の生活に影響しうる |
創業者個人が当事者になる形は珍しくありません。投資家からすれば、会社だけを相手にしても回収できない場面があるためです。
個人が加わることを受け入れる場合でも、次の点は確認してください。
3つ目は見落とされやすい項目です。連帯して責任を負う定めだと、他の創業者が支払えない場合に1人で全額を負担することになります。
個人が当事者になる場合、項目の限定・上限・連帯かどうかの3点を確認してください。
表明保証の例外を書き出す別紙です。ここに記載した事項については、表明保証の違反になりません。
たとえば「訴訟がないこと」と保証しつつ、開示別紙に「◯◯社との間でクレームを受けている」と書いておけば、その件で責任を問われることはありません。
実務では、この別紙を作る作業が、表明保証への対応そのものになります。契約書の条項を削る交渉より、別紙を丁寧に作るほうが確実です。
| 書き出すもの | 具体例 |
|---|---|
| 解決していない事項 | クレーム、未払いの指摘、係争になりうる話 |
| 整理が済んでいない権利関係 | 業務委託先が作ったものの権利帰属 |
| 関連当事者との取引 | 代表からの借入、親族への支払い |
| 契約上の制約 | 支配権変更条項、独占条項 |
| 労務上の未整理 | 残業代の扱い、業務委託の実態 |
書くかどうか迷ったものは、書いてください。書いて条件が変わることはあっても、書かずに後で発覚するほうがはるかに重い結果になります。投資家は、開示された事実そのものより「開示されなかった」という事実を重く見ます。
条項を削るより開示別紙を丁寧に作るほうが確実です。迷ったものは書いてください。
出資の検討では、投資家が資料を確認するデューデリジェンスが先に走り、その後に契約の交渉が来ます。この2つは別の作業に見えますが、実際には連続しています。
| 段階 | やること | 表明保証との関係 |
|---|---|---|
| 1. 資料の提出 | 登記、決算書、契約書などを開示する | ここで出した内容が、後の表明保証の前提になる |
| 2. 質問と回答 | 投資家からの照会に答える | 回答した内容も前提に含まれる |
| 3. 論点の整理 | 見つかった問題を投資家と共有する | ここで共有したものが開示別紙の原型になる |
| 4. 契約の交渉 | 表明保証と補償の条項を詰める | 整理できていない論点ほど、条項が重くなる |
関係を一言でいえば、デューデリジェンスで見えたものは条件に反映され、見えなかったものは表明保証で担保されるという構造です。
ここから導かれることが2つあります。
問題が後から出てくるほど、投資家は「他にもあるのではないか」と見ます。結果として、表明保証の範囲が広がり、補償の条件も厳しくなります。3の段階で出し切っておくほうが、4での交渉が軽くなります。
見つかった問題のうち、署名までに解決できるものは解決してから出す、という進め方もできます。業務委託先からの権利譲渡の書面を取る、未払いを精算する、といった対応です。
ただし全部を解決してから出そうとすると、交渉が止まります。解決できるものは解決し、できないものは開示別紙に書く。この切り分けを早い段階で決めてください。
1回目で整理した内容は、2回目以降の土台になります。資料の置き場所と、開示別紙の内容を残しておくと、次のラウンドの負担が大きく減ります。毎回ゼロから探し直している会社と、更新するだけの会社では、調達にかかる時間が変わります。
見えたものは条件に、見えなかったものは表明保証に。早く出すほど条項は軽くなります。
表明保証に答えるには、自社の状態を把握している必要があります。前もって揃えておくと、交渉の時間が短くなります。
| 資料 | 確認すること |
|---|---|
| 登記事項証明書 | 発行済株式数、新株予約権、役員が現状と一致しているか |
| 株主名簿と資本政策表 | 登記と一致しているか。潜在株式まで反映されているか |
| 決算書と試算表 | 直近の数字が出せるか |
| 借入の一覧 | 役員借入金を含めて漏れがないか |
| 重要な契約 | 解除条項、支配権変更条項の有無 |
| 業務委託契約 | 成果物の権利が会社に帰属する定めがあるか |
| 雇用契約と就業規則 | 労働時間の管理、割増賃金の扱い |
| ストックオプションの一覧 | 付与日、株数、行使価額、状態 |
とくに業務委託先が作った成果物の権利は、創業初期に契約書なしで進めていることが多く、後から整理が必要になります。事業の中核がそこにある場合、出資の前提として整理を求められます。
先に揃えるほど交渉は短くなります。業務委託の成果物の権利は、早めに確認してください。
順番は①事実と違う項目を探す ②「知る限り」を交渉する ③開示別紙を作る。この順で進めてください。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。