
実証実験がうまくいった。担当者の評価も高い。それでも出資の話が進まない、という状況はよく起きます。
理由は単純で、PoCを評価する人と、出資を判断する人が違うからです。現場の担当者にとっては「使える技術かどうか」が判断の中身ですが、出資は投資としての判断であり、別の基準と別の決裁を通ります。
この構造を理解していないと、「PoCが成功したのに、なぜ話が進まないのか」という状態から抜け出せません。進めるべきは説得ではなく、相手の社内で必要になる材料を渡すことです。
PoCを評価する人と出資を判断する人は違います。説得ではなく、材料を渡す作業です。
大きな組織では、1つの意思決定に複数の部署が関わります。出資の場合、最低でも次の4者が出てきます。
| 関わる人 | 見ているもの | 止まる理由 |
|---|---|---|
| 事業部門の担当者 | 技術が使えるか。自分の業務が楽になるか | —(ここは通っていることが多い) |
| 事業部門の責任者 | 予算に見合うか。部門の目標に貢献するか | 出資は部門の予算から出ないことが多い |
| 投資を担当する部署 | 投資として成立するか。回収の見込み | 事業部門の期待と、投資の基準が別 |
| 法務・財務 | 契約のリスク、会計上の扱い | 条項の調整に時間がかかる |
つまずくのは2つ目と3つ目のあいだです。事業部門は「使いたい」と思っていても、出資の予算は別のところにあります。そして投資を担当する部署は、事業上の有用性だけでは判断しません。
ここで必要なのは、事業部門の担当者に、社内の誰を動かす必要があるかを聞くことです。相手も社内の手順を全部把握しているとは限らないため、一緒に整理する形になります。
止まるのは事業部門と投資部署のあいだです。予算の出どころが違うためです。
相手の組織によって、進み方が変わります。
| CVCが主導 | 事業部門が主導 | |
|---|---|---|
| 判断の基準 | 投資として成立するか | 事業に使えるか |
| 必要な材料 | 市場、競合、財務、資本政策 | 技術の有効性、導入の効果 |
| 決裁の場 | 投資委員会 | 事業部門の稟議+本社の承認 |
| 速さ | 判断に慣れている分、速いことが多い | 前例がないと時間がかかる |
| 条件の性格 | VCに近い | 事業上の条項が厚くなりやすい |
PoCから始まった案件は事業部門が主導していることが多く、その場合は前例のなさが時間の理由になります。「うちの部門で出資した前例がない」という状態から始まるためです。
CVCがある会社なら、早い段階でCVCにも話をつなげてもらうと進みやすくなります。事業部門の担当者に、社内にそうした組織があるかを聞いてください。
事業部門主導は前例のなさで時間がかかります。CVCがあるなら早めにつないでもらってください。
実際の段取りは、おおむね次の順になります。
| 順 | 起きること | 目安の期間 |
|---|---|---|
| 1 | PoCの結果を報告し、次の段階を相談する | PoC終了時 |
| 2 | 事業部門内で、継続するかを検討する | 数週間 |
| 3 | 投資を担当する部署に話がつながる | 数週間 |
| 4 | 資料の提出と質問への回答 | 1〜2か月 |
| 5 | 投資委員会または稟議 | 開催日による |
| 6 | 条件の交渉と契約 | 1〜2か月 |
| 7 | 着金 | — |
5番の投資委員会や取締役会の開催日は動かせません。資料の提出が1週間遅れると、次の開催まで1か月待つことになります。この構造を知らずに「あと少し」と考えていると、資金繰りの計画が狂います。
PoC終了から着金まで4〜6か月。会議の開催日は動かせません。
事業部門の予算は、通常は経費です。出資は投資であり、別の枠から出ます。「使いたい」と「出資する」のあいだには、予算の壁があります。担当者に、出資の予算がどこにあるかを確認してください。
投資を担当する部署は、投資としての判断をします。市場の大きさ、競合、財務の状態、資本政策。PoCの成功は、この判断材料の一部にすぎません。事業部門が推していても、この基準で止まることがあります。
その部門で出資の前例がなければ、担当者自身がどう進めればよいか分かりません。この場合、こちらから「他社ではこう進みました」と情報を渡すと、手順を作る助けになります。
止まっているのは担当者の熱意の問題ではなく、社内の構造の問題であることがほとんどです。「誰を動かせば進むか」を一緒に考える立場に回ってください。担当者は社内で説明する側なので、その材料を渡すのが最も効きます。
止まる場所は予算・投資基準・前例の3つ。どれも担当者の熱意とは別の問題です。
担当者は社内で説明する立場です。その説明に使える材料を、こちらから用意してください。
| 材料 | 中身 | 誰に効くか |
|---|---|---|
| PoCの結果 | 数字で示した効果。想定との差も含める | 事業部門 |
| 導入後の見込み | 本格導入したときの効果と費用 | 事業部門の責任者 |
| 市場と競合 | 市場の大きさ、他社との違い | 投資を担当する部署 |
| 財務の状況 | 直近の決算、月次の推移 | 同上 |
| 資本政策 | 現在の株主構成、調達の履歴 | 同上 |
| 組む理由 | なぜこの会社と組むと双方に良いか | 全員 |
最後の項目が抜けがちです。「出資してほしい」ではなく「組むことで御社に何が起きるか」を書いてください。社内で回る書類には、相手の利益が書かれている必要があります。
また、PoCの結果には想定との差も書いてください。良い結果だけを並べた資料は、投資を担当する部署から見ると信頼性が下がります。うまくいかなかった点と、その理由を示すほうが通ります。
渡すのは担当者が社内で説明するための材料です。相手の利益を書いてください。
PoCからの出資は、VCからの調達より時間がかかります。資金繰りの計画に、この案件だけを入れないでください。
3つ目は見落とされます。相手の決算期の直前は、新しい支出が通りにくくなります。逆に期初は予算が付きやすいこともあります。相手の決算月を聞いておいてください。
1社に依存しないでください。着金は見込みの1.5倍で置き、相手の決算期も確認します。
資料の書き方で、社内での通りやすさが変わります。
| 書き方 | 伝わらない例 | 伝わる例 |
|---|---|---|
| 効果 | 「業務が効率化した」 | 「1件あたりの処理時間が◯分から◯分に短縮」 |
| 範囲 | 「良い結果が出た」 | 「対象◯件、期間◯か月での結果」 |
| 課題 | 書かない | 「◯◯の条件では想定どおりにならなかった。原因は◯◯」 |
| 次の段階 | 「本格導入を目指す」 | 「◯月から◯部門で導入した場合、年間◯円の効果」 |
共通しているのは数字と範囲を明示することです。社内の書類は、書いた担当者ではない人が読みます。前提が書かれていなければ、読んだ人は判断できません。
数字・範囲・課題を書きます。読むのは、PoCを見ていない人です。
出資が進まない場合でも、本契約として取引を拡大する道が残っていることがあります。
| 出資を受ける | 取引を拡大する | |
|---|---|---|
| 入るもの | 資金 | 売上 |
| 渡すもの | 持分と株主の権利 | サービスの提供 |
| 社内の決裁 | 投資の枠。通りにくい | 事業部門の予算。通りやすい |
| 次の調達への影響 | 資本構成が変わる | 実績として説明できる |
3つ目が実務では大きい違いです。事業部門の予算からの支出は、出資より決裁が通りやすくなります。金額が同じでも、手続きの重さが違います。
そして4つ目。大企業との取引実績は、次のラウンドで説明できる材料になります。出資を受けるより、売上として入るほうが評価につながる場面もあります。
出資が止まったときは、「では本契約として進められませんか」と切り替えてみてください。相手にとっても、そのほうが社内を通しやすいことがあります。
出資が止まったら本契約に切り替える提案を。決裁が通りやすく、実績としても残ります。
出資の話が進み始めたら、条件の議論の前に確認する項目があります。
詳しくは事業会社から出資を受けるときの記事で扱っています。PoCがうまくいっていることと、条件が適切であることは別の話です。関係が良いからこそ、条件の確認が甘くなりやすいので注意してください。
関係が良いほど条件の確認が甘くなります。PoCの成功と条件の妥当性は別です。
出資の検討は、PoCが終わってから始まるわけではありません。期間中にできることがあります。
| やること | なぜ |
|---|---|
| 数字を記録する | 後から集めるのは難しい。開始時の状態も残す |
| 社内の関係者を把握する | 誰が決裁するかを、早い段階で聞いておく |
| 次の段階の選択肢を聞く | 本契約か出資か、相手の想定を確認する |
| 成果物の権利を整理する | PoCで作ったものの権利が曖昧だと、後で止まる |
| 自社の資料を整える | 登記、決算書、資本政策表。求められてから作ると遅い |
4つ目を忘れないでください。PoCの過程で共同開発の要素があると、成果物の権利が論点になります。出資のデューデリジェンスでも確認されるため、PoCの契約の段階で定めておくのが理想です。
PoC期間中に数字・関係者・権利を整理します。後から集めるのは難しい項目です。
出資が見送られた場合、理由を聞いてください。理由によって、次の動き方が変わります。
| 理由 | 意味 | 次にすること |
|---|---|---|
| 投資の基準に届かない | 市場や財務など、投資としての判断 | 何が足りないかを具体的に聞く |
| 予算の枠がない | 時期の問題。事業への評価とは別 | 次の期に再度話せるか確認する |
| 事業の方針が変わった | 相手側の事情 | 本契約としての取引が残るか確認する |
| 前例がなく進められない | 手順の問題 | CVCなど別の経路を探す |
2つ目と4つ目なら、時期や経路を変えれば進む可能性があります。「断られた」で終わらせず、どの理由だったのかを確認してください。
また、出資が見送られても取引そのものは続けられることが多くあります。関係を断つ必要はありません。
理由を聞いてください。時期や経路の問題なら、進む可能性が残ります。
3〜6番目が、他の調達にはない項目です。相手の社内の構造を把握してください。
この記事は株式による調達の一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。