受注は嬉しい知らせですが、大きな案件ほど、着手から入金までの間に自社が現金を立て替えます。この立替額を用意できないと、利益の出る仕事でも受けきれません。契約書にサインしてから気づくと、手遅れになります。
だから、判断は受注の前です。この案件を受けたら、最大でいくらの現金が手元から出ていくのか。それを先に数字にしておけば、「受けられるか」「資金の手当てが要るか」を落ち着いて決められます。
立替額は受注前に計算します。大きな案件ほど立て替える現金も大きく、用意できなければ黒字でも受けきれません。契約前に金額を出しておくことが、判断の出発点です。
ある案件で立て替える金額の目安は、次の式で出せます。
受注額 × 原価率 × (入金までの月数 ÷ 契約期間の月数)
ざっくり掴むなら、受注額 × 原価率(=立て替える総原価)を、入金を待つ期間の分だけ抱えると考えます。案件が短期で入金が遠いほど、立替は大きくなります。
3つの言葉を押さえておきます。
具体的な数字を入れます。受注額600万円・原価率60%・制作3か月・支払サイト60日の案件です。原価は3か月で均等に出ていくとします。
| 時点 | 出ていく原価 | 入ってくる代金 | 累計の過不足 |
|---|---|---|---|
| 1か月目(着手) | 120万円 | — | −120万円 |
| 2か月目 | 120万円 | — | −240万円 |
| 3か月目(納品) | 120万円 | — | −360万円 |
| 4か月目 | — | — | −360万円 |
| 5か月目(入金) | — | 600万円 | +240万円 |
最終的に240万円の利益が残る健全な案件です。それでも3か月目に360万円の谷があります。この360万円を用意できるかが、受注の可否を分けます。
利益が出ることと、途中の資金が回ることは別の問題です。この案件は儲かりますが、360万円の谷を越えられなければ、着手すらできません。
同じ受注額でも、制作期間と入金の遠さで立替は大きく変わります。受注額600万円・原価率60%で、条件だけ変えて比べます。
| 案件 | 制作期間 | 支払サイト | 立替の最大額 |
|---|---|---|---|
| 短期・入金早い | 1か月 | 30日 | 約360万円 |
| 標準 | 3か月 | 60日 | 360万円 |
| 長期・入金遅い | 6か月 | 90日 | 約540万円 |
面白いのは、短期でも立替が小さくならないことです。制作が短いと原価が一気に出るため、谷が深くなります。一方、長期案件は原価が分散する代わりに、入金が遠く期間が長いぶん、抱える総額が増えます。どちらも立替は小さくありません。
ここから言えるのは、「小さい案件だから資金は心配ない」とは限らないということです。金額の大小ではなく、原価の出方と入金の遠さで判断してください。
より正確に見るなら、自社が代金を受け取るサイトと、自社が外注などに支払うサイトの差を入れます。外注への支払いが早く、自社への入金が遅いほど、立替は膨らみます。
| 状態 | 自社への入金 | 外注への支払 | 立替への影響 |
|---|---|---|---|
| 楽 | 30日 | 60日 | 先に入金がある。立替は小さい |
| 普通 | 60日 | 60日 | ほぼ相殺 |
| きつい | 90日 | 即金 | ほぼ全額を立て替える |
外注先への支払いを、自社の入金より後ろに倒せれば、立替は小さくなります。支払サイトの交渉は「もらう側を早く」だけでなく「払う側を遅く」の両面があるということです。ただし下請法の対象になる外注先には、支払いを不当に遅らせることはできません。
1案件なら360万円でも、並行して受注すると立替は足し算で増えます。同じ規模の案件を1か月ずらして3件受けた場合を見ます。
| 時点 | 案件A | 案件B | 案件C | 合計の立替 |
|---|---|---|---|---|
| 1か月目 | −120 | — | — | −120万円 |
| 2か月目 | −240 | −120 | — | −360万円 |
| 3か月目 | −360 | −240 | −120 | −720万円 |
| 4か月目 | 待ち | −360 | −240 | −600万円 |
3件が重なる3か月目に、立替は720万円まで膨らみます。1件のときの倍です。受注が伸びている時期ほど、必要な現金が増えることが分かります。
「仕事が増えているのに口座残高が減っていく」という感覚は、この積み上がりから来ます。受注のペースを上げるなら、立替の増加も同時に見ておく必要があります。
これは一時的な現象ではなく、成長そのものが現金を食うという構造です。月商が増えれば、立て替える原価も比例して増えます。
| 月商 | 必要な立替(原価率60%・サイト60日) |
|---|---|
| 300万円 | 360万円 |
| 600万円 | 720万円 |
| 1,000万円 | 1,200万円 |
| 2,000万円 | 2,400万円 |
売上が倍になれば、必要な運転資金もおおむね倍です。これを増加運転資金と呼びます。利益が出ていても、成長のスピードに資金の準備が追いつかないと、資金ショートに陥ります。急成長した会社が黒字のまま行き詰まるのは、多くがこの構造です。
増加運転資金は「悪いこと」ではなく、事業が伸びている証拠です。問題は準備のタイミング。売上計画を立てたら、それに必要な運転資金の増加も同時に見積もり、先に手当てしておくことで、成長を止めずに済みます。
個別案件の立替に加えて、会社として常に持っておくべき現金の目安があります。よく使われるのは月商基準です。
| 手元資金の目安 | 考え方 |
|---|---|
| 月商の1か月分 | 最低ライン。急な支払いに耐えられる下限 |
| 月商の2〜3か月分 | 安全圏。サイトの長い取引や、案件の重なりに耐えられる |
| 固定費の6か月分 | 売上が止まっても半年は持つ。守りを固めたい場合 |
どれが正解ということはなく、取引先の支払サイトが長いほど、案件の粒が大きいほど、多めに必要です。前掲の立替額の計算と突き合わせて、「一番きつい月にいくら足りないか」を基準にするのが実務的です。一番きつい月を先に見つけるには、資金繰り表の作り方|入金日ベースで作るが役立ちます。
ここまでは案件の原価だけで計算しました。ただ実際には、入金を待つ間も、家賃・人件費・水道光熱費といった固定費は毎月出ていきます。立替額を見るときは、これも足しておかないと足りなくなります。
先ほどの案件(入金まで5か月)で、月の固定費が150万円だとします。案件の立替360万円に加えて、5か月ぶんの固定費750万円も、その間の売上でまかなえなければ手元から出ます。もちろん他の案件の入金があれば相殺されますが、売上が細っている時期は固定費がそのまま資金を削ります。
個別の案件が黒字でも、その入金を待つ数か月のあいだ固定費は止まりません。案件の立替と固定費の両方を、同じ期間で見て初めて、本当に必要な現金が見えます。案件単位の採算だけを見ていると、この部分が抜けます。
だからこそ、前章の「手元にいくら持っておくべきか」で固定費基準の目安も挙げました。案件の立替は波がありますが、固定費は毎月確実に出ていくぶん、守りの下限として効きます。
案件ごとではなく、会社全体でどれだけ立て替えているかは、決算書から測れます。お金を払ってから回収するまでの日数を出す方法です。
| 指標 | 計算式 | 意味 |
|---|---|---|
| 売上債権回転日数 | 売掛金 ÷ 年間売上 × 365 | 売上が現金になるまでの日数 |
| 棚卸資産回転日数 | 在庫 ÷ 年間売上原価 × 365 | 在庫が売上になるまでの日数 |
| 仕入債務回転日数 | 買掛金 ÷ 年間仕入 × 365 | 仕入代金を払うまでの日数 |
この3つから、現金が事業に縛られている日数が出ます。
売上債権回転日数 + 棚卸資産回転日数 − 仕入債務回転日数
この数字がプラスで大きいほど、事業を回すために現金を寝かせています。まず縮めるべきは、この日数のうち一番長い項目です。売上債権が長ければ支払サイトの交渉、在庫が長ければ仕入れの見直しが効きます。
計算して大きすぎると分かったら、立替そのものを減らせます。先ほどの360万円の案件で、各レバーの効き目を金額で見ます。
| 打つ手 | やること | 立替の最大額 |
|---|---|---|
| 何もしない | — | 360万円 |
| 着手金30% | 発注時に180万円を先に受け取る | 180万円 |
| 支払サイト短縮 | 60日を30日にしてもらう | 約240万円 |
| 外注支払を後ろに | 外注への支払いを納品後に | 約240万円 |
| 3つを組み合わせ | 着手金+サイト短縮+外注調整 | 60万円前後 |
もっとも効くのは着手金です。受け取るタイミングを前に倒すだけで、立替が半分になります。しかも相手の年間支払総額は変わらないため、交渉が通りやすい。まずここから検討するのが定石です。
1つで半分、もう1つで残りを削る、と重ねると立替は大きく縮みます。全部を狙う必要はなく、いちばん通りやすいもの(多くは着手金)から順に試して、必要なだけ減らせば十分です。
計算して足りないと分かったら、埋め方は3つです。効くまでの時間とコストで選びます。
| 手段 | 効くまで | コスト | 向いている場面 |
|---|---|---|---|
| 着手金・前受金 | 次回契約から | なし | これから受注する案件。立替そのものを減らせる |
| 融資 | 3週間〜2か月 | 年1〜3%程度 | 時間に余裕がある。最も安く、金額も大きい |
| 売掛債権の資金化 | 最短即日 | 2社間8〜18%/3社間2〜9% | 請求済みで、融資が間に合わないとき |
順序は、まず立替そのものを減らし(着手金)、残りを融資で埋め、それも間に合わないぶんだけ資金化するのが合理的です。売掛債権の資金化はコストが桁違いなので、常用すると利益が消えます。今回の谷を越えるための手段であって、資金繰りそのものの改善策ではありません。
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※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の財務・税務の助言ではありません。計算式はおおよその目安を出すためのもので、実際の資金繰りは取引条件や費用の発生時期によって変わります。具体的な資金計画は、顧問税理士や金融機関にご相談ください。
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