
大企業との取引で、支払条件に「検収後90日」と書かれた見積フォーマットや発注書を渡されることがあります。納品してから3か月後に入金、という条件です。費用は先に出ているのに入金は先送り、という立替の重さもさることながら、多くの人が「これは法律的に大丈夫なのだろうか」という漠然とした違和感を持ちます。
その違和感には根拠があります。取引の内容によっては、下請法(下請代金支払遅延等防止法)という法律が適用され、支払期日には上限が定められているからです。「検収後90日」という書き方は、その上限を超えてしまう危険をはらんでいます。ただし超えるかどうかは、日数の数え方――正確には「いつを起算点にするか」――で決まります。ここを正しく読めるかどうかが分かれ目です。
この記事では、「検収後90日」という条件が下請法上どう評価されるのか、そして90日の起算点をどこから数えるのかという2点に絞って解説します。支払サイトそのものを短くしてもらう交渉の進め方は別の記事に譲り、ここでは「提示された条件をどう読むか」に集中します。
「検収後90日」という条件は、取引によっては下請法の支払期日の上限に触れる可能性があります。鍵になるのは日数の長さそのものより、90日をどこから数えるか(起算点)の読み方です。
下請法が適用される取引では、代金の支払期日について明確な原則があります。発注した側(親事業者)は、支払期日を「物品等を受領した日」から起算して60日以内で、かつできる限り短い期間内に定めなければならない、というものです。この「60日以内」と「できる限り短く」の2つが、支払条件を読むときの物差しになります。
支払期日 = 受領した日 から起算して 60日以内(かつ できる限り短く)
起点は「検収した日」でも「請求書を受け取った日」でもなく、給付を受領した日とされている点がポイントです。細部は改正で変わりうるため、必ず現行条文で確認してください。
ここで大事なのは、60日は「検収してから」ではなく「受領してから」の日数だということです。日常の感覚では「検収して問題ないと確認できてから支払いを起算する」ほうが自然に思えます。しかし下請法の原則は、そこを親事業者の都合で先送りできないように、受領という客観的な時点を起点に据えています。この差が、「検収後90日」の危うさを生みます。
なお、支払サイトが60日を超える取引そのものが直ちに違法というわけではありません。下請法の対象になる取引かどうかで扱いが変わります。60日を超える条件の一般的な位置づけは、あわせて読むの「支払いサイト60日超のルール」で扱っています。この記事は、そのうち「検収後◯日」という書き方に特有の論点――起算点――に絞ります。
下請法が適用される取引では、支払期日は受領日から起算して60日以内・できる限り短くが原則です。起点が「検収日」ではなく「受領日」であることが、条件を読むときの土台になります。
「検収後90日」という条件を評価するには、まず90日をどこから数えているのかを分解する必要があります。この条件を言葉どおりに読むと、「検収が終わった日」を起点に90日、という意味に見えます。ところが下請法の物差しは受領日から測るので、両者の起点がずれます。
| 起点の取り方 | 数え始める日 | 意味 |
|---|---|---|
| 契約書の文言 | 検収した日 | 検収が終わってから90日後に支払う |
| 下請法の物差し | 受領した日 | 受領してから60日以内に支払う必要があるとされる |
受領から検収までに日数がかかるほど、この2つの起点は開いていきます。
納品してすぐ検収が済むなら、受領日と検収日はほぼ同じです。しかし実際には、受領してから検収の完了まで数日〜数週間かかることが珍しくありません。大企業の検収は、担当者の確認、社内の承認、複数部署のチェックを経るため、時間がかかりがちです。受領日と検収日が開けば開くほど、「検収後90日」は受領日から数えると90日をさらに超えていきます。
検収がなぜ長引くのか、検収にはいつまでに終える目安があるのか、という検収の期限そのものの実務は、あわせて読むの「検収期限の実務」で扱っています。ここでは、受領日と検収日がずれると支払条件の意味が変わるという一点を押さえてください。
「検収後90日」は検収日を起点にした表現ですが、下請法は受領日を起点に測ります。受領から検収までの日数のぶん、実際の支払いまでの期間は受領日基準で見るとさらに長くなるのです。
ここまでを1本の時間軸で並べると、「検収後90日」の危うさがはっきり見えます。受領してから検収まで仮に15日かかったとすると、受領日を起点にした実際の支払いまでの期間はこうなります。
| できごと | 受領日からの日数 |
|---|---|
| 納品物を受領 | 0日目 |
| 検収が完了 | 15日目 |
| 「検収後90日」で支払い | 15+90=105日目 |
受領日から数えると105日。下請法が適用される取引なら、原則の「受領から60日以内」を大きく超えることになります。
つまり「検収後90日」は、下請法が適用される取引では、原則の60日を受領日基準で優に超える可能性が高い書き方です。検収を起点にしている時点で、すでに受領から検収までのぶんが上乗せされます。しかも検収が遅れれば遅れるほど、受領日から見た期間は自動的に延びていきます。
もっとも、これはあくまでその取引が下請法の対象である場合の話です。対象でなければ、支払期日は当事者間の合意によります(それでも交渉の余地はあります)。自分の取引が下請法の対象になるのかどうかは、次の章で触れる別記事で判定してください。ここで言いたいのは、対象になる取引で「検収後90日」を無条件に受けると、法の原則からずれた条件を飲むことになりかねない、ということです。
「90日」だけを見て「サイトが長いな」で終わらせず、それが受領日から何日になるのかに引き直して見てください。契約文言の起点(検収日)と、法の物差しの起点(受領日)は別物です。引き直して初めて、条件の本当の長さが見えます。
「検収後90日」は、受領から検収までの日数を上乗せするため、受領日から数えると90日をさらに超えます。下請法が適用される取引では、原則の60日を超える危うい条件になりえます。
「検収後90日」のもうひとつの落とし穴は、検収の完了時期が発注側の手の中にあることです。検収がいつ終わるかで支払いの起点が動くなら、発注側は検収を遅らせることで支払いを事実上先送りできてしまいます。ここが受領日基準の原則が置かれている理由でもあります。
下請法の考え方では、支払いの起点はあくまで受領日であり、検収に手間取ったことを理由に支払いを際限なく先送りすることは想定されていません。検収が遅れても、受領日から60日以内という原則の期間は動かない、という読み方が基本になります。「検収がまだ終わっていないから支払えない」という説明が、常に通るわけではないのです。
| 発注側の説明 | 受領日基準での読み方 |
|---|---|
| 「検収が終わってから90日で払う」 | 支払期日の起点は受領日。検収完了を待って起算するという運用は、原則からずれる可能性がある |
| 「検収がまだなので支払えない」 | 検収の遅れを理由に受領日から60日を超えて先送りすることは、原則として想定されていない |
| 「うちは全社一律この条件」 | 社内ルールと法の原則は別。対象取引なら法の原則が優先されると考えるのが基本 |
ただし、検収に一定の期間が必要なこと自体は当然あります。問題は、その検収期間が合理的な範囲を超えて支払いの引き延ばしに使われていないかです。検収期限をどう定め、いつまでに終えてもらうべきかという運用の詳細は、あわせて読むの「検収期限の実務」に整理しています。この記事では、検収の遅れが支払いの先送りに直結する構造そのものが、受領日基準の原則によって歯止めをかけられている、という読み方だけ押さえてください。
検収の完了時期は発注側が握っています。だからこそ下請法は支払いの起点を受領日に置き、検収の遅れを理由にした際限ない先送りに歯止めをかけていると読めます。「検収が終わっていないから」が常に通る説明ではありません。
ここまで「下請法が適用される取引なら」と繰り返してきました。これは重要な留保です。すべての取引が下請法の対象になるわけではありません。対象になるかどうかは、取引の内容(製造委託・情報成果物作成委託・役務提供委託など)と、発注側・受注側の資本金の区分などによって決まります。
この対象判定の本筋は、この記事の範囲を超えます。自分の取引が下請法の対象なのか、対象外なのかは、あわせて読むの各記事や、下記の公的機関の情報で確認してください。とくにPoCや共同研究のような契約形態は、対象になるかの境界が見えにくく、契約の呼び名だけでは判断できません。
「共同研究」「業務委託」「売買」といった契約の呼び名だけでは、下請法の対象かどうかは決まりません。実態としてどういう取引なのかで判断されます。対象になるかどうかの最終判断は個別性が高く、公正取引委員会・中小企業庁や弁護士への相談で確かめるのが確実です。
逆に言えば、対象になる取引であれば、この記事で見た「受領日から60日以内・できる限り短く」という物差しがそのまま効いてきます。だからこそ、まず自分の取引が対象かどうかを確かめ、対象なら「検収後90日」を受領日基準に引き直して評価する、という順番が実務的です。
「検収後90日」の評価は、その取引が下請法の対象かどうかが前提になります。対象判定は契約の呼び名では決まらず個別性が高いので、公的機関や専門家で確認したうえで、対象なら受領日基準で読み直します。
では、実際に「検収後90日」と書かれた条件を提示されたら、どう受け止めればよいでしょうか。条件を短くしてもらう交渉の進め方そのものは別記事に譲りますが、読み方と初動だけここで整理します。
大切なのは、提示された条件をそのままの言葉で受け取らず、受領日基準に引き直してから判断することです。引き直した結果、原則の期間を超えていると分かれば、条件を確認・相談する正当な根拠になります。相手が大企業でも、法の原則は取引の力関係とは別に存在します。
なお、支払条件を実際に短くしてもらう交渉――締め日や支払サイトを動かす具体的な進め方――は、あわせて読むの「締め日を変えてもらう交渉」で扱っています。この記事で条件の意味を読み解いたうえで、交渉の手順はそちらを参照してください。それでも入金までの立替が重い場合の資金化という選択肢もありますが、コストは融資より高くつくため、まずは条件面の確認と交渉が先です。
提示された「検収後90日」は、受領日基準に引き直してから評価します。対象取引で原則の期間を超えるなら、確認・相談の正当な根拠になります。条件を短くする交渉の手順は別記事に譲ります。
条件面の確認と交渉をしても入金までの立替が重い場合、売掛金の早期資金化という手もあります。売掛金の額と入金してほしい時期を入れると、掲載102社のうち条件に合う事業者と手取り額の目安が出ます。5問・約30秒、登録は不要です。
→ 支払いサイト60日超のルール|下請法の原則と例外
→ 検収期限の実務|いつまでに検収してもらうべきか
→ 締め日を変えてもらう交渉|支払サイトを動かす手順
※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の法務・税務の助言ではありません。下請法は2026年1月1日施行の改正により名称・規制内容が変更されており、支払期日の起算点や上限日数を含む適用の細部は改正の影響を受けます。本記事の記述は一般的な枠組みの説明にとどまるため、実際の取引の判断にあたっては、必ず現行条文および公正取引委員会・中小企業庁の最新情報を確認し、個別の適用可否は弁護士等の専門家にご相談ください。
この記事はファクタリングの一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。