
PoC(実証実験)の見積りをつくるとき、多くの会社は工数(人件費)と外注・機材の実費だけを積み上げます。原価に利益を乗せれば単価が出る、という考え方です。これ自体は間違いではありませんが、大企業とのPoCでは、もうひとつ大きなコストが抜け落ちています。入金までの立替期間に、自社の現金を寝かせておくコストです。
PoCの費用は、着手した月から人件費や外注費として出ていきます。ところが入金は、検収が終わってから支払サイトのぶんだけ後。この間、出ていった現金は戻ってこないまま、事業に使えない状態で拘束されます。拘束されている現金には、借入で埋めるにせよ手元資金を充てるにせよ、必ずコストがかかります。そのコストを単価に乗せないと、サイトが長い案件ほど、受注しても手元が痩せていくことになります。
とくにサイトが長い大企業案件では、この立替コストは無視できない大きさになります。工数だけで値付けをしていると、「受注は増えているのに現金がない」という、PoCで最も起きやすい資金繰りの悪化に直結します。その構造は関連記事「大企業とのPoCで資金繰りが悪化する理由」にゆずり、この記事では立替を単価にどう織り込むかという値付けの側だけを扱います。
PoC単価は、工数と実費だけでは足りません。入金までの立替期間に現金を拘束されるコストを上乗せしないと、サイトが長い案件ほど受注するたびに手元資金が痩せます。値付けに立替を反映させるのが、この記事の主題です。
立替期間とは、PoCの費用を実際に支払った日から、その代金が入金される日までの日数です。「受注してから入金まで」ではありません。現金が出ていったタイミングを起点に数えます。
費用の出方は項目ごとに違います。着手時に一度で出る機材費もあれば、期間中に毎月出ていく人件費・外注費もあります。厳密には項目ごとに立替期間が違いますが、単価設計では費用の出ていく時期のおおよその重心(平均的な支出月)から、入金月までの日数を立替期間とみなせば十分です。どの費用がいつ出て、いつ戻るかの時系列は、関連記事「PoCの費用構造」で扱っています。
費用を払った日 ────[立替期間]────→ 代金が入金される日
起点は「受注日」でも「納品日」でもなく、現金が実際に出ていった日。ここを間違えると、立替コストを小さく見積もってしまいます。
立替の資金コストは、次の式で出します。難しい計算は要りません。
立替の資金コスト = 立替額 × 調達コストの年率 × 立替日数 ÷ 365
「立替額」は入金までに拘束される現金(おおむね原価にあたる部分)。「調達コストの年率」は、その現金をどう用意するかで決まります(借入なら金利、手元資金なら想定する利回り)。
具体例で計算します。受注額500万円・原価(先に出る費用)が300万円・立替期間120日のPoCを、年率3%(融資でつなぐ場合の目安)で見積もると、こうなります。
300万円 × 3% × 120 ÷ 365 = 約2.96万円(≒3.0万円)
この約3.0万円が、この案件の立替に対してかかる資金コストです。受注額500万円に対して約0.6%。工数の見積りには出てこない金額ですが、確かにかかっています。
ここで使う「年率」は、実際にその現金を用意する手段のコストに合わせます。融資で運転資金をまかなっているなら、その借入金利(年1〜3%程度が一般的な目安ですが、実際の適用金利で計算してください)。手元資金を充てるなら、その現金を別の用途に回していたら得られたはずの利回りを、控えめに年率で置きます。架空の高い率を置く必要はありません。実際の調達コストで淡々と計算します。
資金コストは、立替日数に比例して増えます。同じ立替額300万円・年率3%でも、サイトの長さが変わると、乗せるべき額はこう動きます。
| 立替期間 | 計算 | 資金コスト | 受注額500万に対して |
|---|---|---|---|
| 60日 | 300万×3%×60÷365 | 約1.5万円 | 約0.3% |
| 120日 | 300万×3%×120÷365 | 約3.0万円 | 約0.6% |
| 180日 | 300万×3%×180÷365 | 約4.4万円 | 約0.9% |
| 240日 | 300万×3%×240÷365 | 約5.9万円 | 約1.2% |
ポイントは、「検収後90日」「翌々月末払い」といった長いサイトを受け入れるなら、その分だけ資金コストが増えるという関係が、数字で見えることです。サイトの長さは、多くの場合こちらが選べません。だからこそ、長いサイトを飲むなら、その代償を単価に乗せて回収するという発想が要ります。サイトを黙って飲んで単価も据え置けば、その差は自社の持ち出しです。
大企業案件では、支払サイトが「検収後」から数え始めることが多く、検収そのものが遅れると立替期間はさらに延びます。見積り時点では、楽観的な検収日ではなく、実績にもとづく現実的な検収日で立替日数を置くほうが安全です。検収後の日数の下請法上の扱いは、別記事にゆずります。
計算した資金コストは、単価にそのまま加えます。方法は2通りあります。
| 乗せ方 | やり方 | 向く場面 |
|---|---|---|
| ① 実額を加える | 算出した資金コスト(例:約3万円)を見積りの一項目として上乗せ | 案件ごとに立替額・サイトが大きく違うとき |
| ② 率で乗せる | 「受注額の◯%」とルール化して一律に上乗せ | 案件の規模・サイトが似ていて、簡便にしたいとき |
先の例では、120日サイトで受注額の約0.6%、240日サイトで約1.2%でした。つまり、典型的なサイトの案件なら、受注額の1%前後を「立替コスト分」として単価に織り込むという目安が、自社の数字から導けます。この率は業界の相場ではなく、あなたの会社の立替額・サイト・調達コストから計算した固有の数字です。他社の率をまねる必要はありません。
資金コストは、実額または率で単価に上乗せします。自社の数字で計算すれば、受注額の何%を乗せればよいかが具体的に出ます。相場ではなく、自社の立替額・サイト・調達コストから導いた固有の率を使います。
ここまでは、立替を融資(年率)でつなぐ前提で計算しました。しかし、融資が間に合わず売掛債権の資金化でつなぐ場合、コストの構造がまったく変わります。資金化の手数料は「年率」ではなく、債権額に一度かかるからです。
| つなぎ方 | コストのかかり方 | 500万円・120日での目安 |
|---|---|---|
| 融資でつなぐ | 年率 × 日数で計算(時間に比例) | 約3.0万円(前述の計算) |
| 売掛債権の資金化でつなぐ | 債権額に手数料が一度(時間に比例しない) | 2社間8〜18%/3社間2〜9%が一案件あたり(掲載102社の公表値にもとづく目安) |
資金化の手数料率で500万円の債権を一度に資金化すると、たとえ短いサイトでも数十万円規模のコストがかかります。これは、融資でつないだ場合の資金コスト(約3万円)とは桁が違います。つまり、もし立替を資金化に頼らざるをえない状況なら、単価に織り込むべき額はずっと大きくなるということです。
ここから導ける結論は、正直に言えばひとつです。まずは資金化に頼らずに済む段取り(前受金・着手金・融資枠の確保)を先に整え、資金化はあくまで最後の手段にする。売掛債権の資金化はスピードでは優れますが、常用するには単価に乗せきれないほどコストが重い。この順序を崩さないことが、結局は単価を無理なく保つことにつながります。
とはいえ、大企業相手に単価をそのまま上げるのは簡単ではありません。「立替コスト分です」と言っても、購買側の予算枠に収まらないこともあります。そのときは、単価を上げるのではなく、立替期間そのものを短くして資金コストを減らす方向で交渉します。
前受金は立替負担を根本から軽くする手ですが、大企業ほど前払いのハードルは高くなります。どんな条件なら前受・分割が通るかは、関連記事「大企業から前受金を受け取れる条件と交渉」で扱っています。着手金の実務的な受け取り方も、あわせて確認してください。単価の上乗せは、入金を早める交渉を尽くしたうえで、残った立替に対して行うのが順序です。
資金コストを単価に乗せるとき、見積書にどう書くかで通りやすさが変わります。「金利分」「立替料」と露骨に書くと、購買側で削られやすいのが実情です。実務では、次のいずれかで見せます。
| 見せ方 | 内容 |
|---|---|
| 単価に溶かす | 人日単価や一式金額に含めて提示し、内訳としては出さない |
| 支払条件とセットで示す | 「翌月末払いなら◯円/翌々月末払いなら◯円」と、サイトで金額が変わる形にする |
| 早期入金の値引きとして示す | 標準単価を高めに置き、早く払う場合に値引くと見せる |
とくに2つ目は有効です。サイトの長さと金額を紐づけて提示すると、購買側に「早く払えば安くなる」という判断材料を渡せます。立替コストを一方的に乗せるのではなく、支払条件の選択肢として見せることで、相手も受け入れやすくなります。
資金コストは、内訳を露骨に出すより単価に溶かす/支払条件とセットで示すほうが通りやすくなります。サイトと金額を紐づければ、早期入金を促す交渉材料にもなります。
立替をどうしても資金化でつなぐ場合、いくらのコストがかかるかを先に把握しておくと、単価設計の判断が変わります。売掛金の額と入金してほしい時期を入力すると、掲載102社のうち条件に合う事業者と手取り額の目安が出ます。5問・約30秒、登録は不要です。
→ PoCの費用構造|どこで現金が出て、いつ戻るか
→ 大企業から前受金を受け取れる条件と交渉
→ 大企業とのPoCで資金繰りが悪化する理由|立替期間の構造
※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の財務・税務・法務の助言ではありません。単価や支払条件は個別の取引・契約によります。下請法をはじめとする取引ルールは2026年1月1日施行の改正を含むため、適用の可否は現行条文を確認のうえ、公正取引委員会・中小企業庁・弁護士など専門家にご相談ください。具体的な値付けや資金計画は、顧問税理士や金融機関にご相談ください。
この記事はファクタリングの一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。