
月額課金のサービスで1社の解約が出たとき、失われるのは翌月の1万円ではありません。その顧客が本来あと何か月続いたかという、将来の入金の合計です。ここを見誤ると、解約の影響を実際よりずっと小さく見積もることになります。
もう一つ見落とされがちなのが、獲得にかけた費用が回収済みかどうかです。獲得費用を回収し終わる前に解約されると、その顧客からは現金として取り返せないまま終わります。契約数の増減だけを見ていると、この損失は表に出てきません。
一定期間に解約した顧客の割合。月次で見る場合、その月の解約数 ÷ 月初の顧客数で計算する。金額ベースで見る(解約した契約の月額合計 ÷ 月初のMRR)方法もあり、単価差が大きい場合は金額ベースのほうが実態に合う。
解約で失うのは残りの契約期間ぶんの入金と、未回収の獲得費用です。1か月分の売上ではなく、将来の現金の束が消えると考えます。
解約率が分かれば、顧客が平均で何か月続くかを概算できます。使うのは割り算ひとつです。
1 ÷ 月次の解約率 = 平均して続く月数
月次解約率が5%なら、1 ÷ 0.05 = 20か月。3%なら約33か月、10%なら10か月。解約率が半分になれば、継続する月数は2倍になります。
| 月次解約率 | 平均継続月数 | 月額1万円なら生涯の入金 |
|---|---|---|
| 10% | 10か月 | 10万円 |
| 5% | 20か月 | 20万円 |
| 3% | 約33か月 | 約33万円 |
| 2% | 50か月 | 50万円 |
ここに獲得費用を重ねると、事業として成り立つかが見えます。獲得費用が12万円で、月額1万円・解約率10%なら、生涯の入金10万円は獲得費用を下回ります。提供原価を引く前の段階で回収できていないので、獲得を増やすほど現金が減っていきます。
解約率は満足度の指標として語られますが、回収が終わる前に解約が出るかどうかを決める、資金繰りの指標でもあります。回収月数(獲得費用 ÷ 月次粗利)と平均継続月数を並べて、回収のほうが短いかを確認してください。
個別の解約について、失った現金を出してみます。月額1万円・提供原価2,000円(月次粗利8,000円)・獲得費用12万円の顧客が、6か月で解約したとします。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 獲得費用(先に出た現金) | −120,000円 |
| 6か月分の月次粗利(8,000円 × 6) | +48,000円 |
| 差引 | −72,000円 |
この顧客は、現金の面では72,000円の赤字で終わったことになります。回収に必要な15か月に対し、6か月で解約されたためです。
同じ顧客が20か月続けば、8,000円 × 20 = 160,000円となり、獲得費用を差し引いて+40,000円。続くか、途中で切れるかで、1社あたりの現金の結果が符号ごと変わります。
やっかいなのは、解約の影響がすぐには現金に出ないことです。解約が増えた月に資金が急減するわけではなく、じわじわと入金が細っていきます。
| 時点 | 何が起きるか | 気づけるか |
|---|---|---|
| 解約の申し出 | 契約数が減る | 管理画面では見える |
| 翌月 | その顧客の入金が止まる | 1社分なので気づきにくい |
| 3〜6か月後 | 累積して入金額が目に見えて減る | ここで初めて資金の問題になる |
| 回収前の解約が続いた場合 | 獲得費用が取り返せないまま積み上がる | 手元資金の減りとして現れる |
つまり、資金繰り表で異常に気づいたときには、原因は数か月前に起きているということです。だからこそ、解約率は現金の先行指標として毎月見る価値があります。
解約は数か月遅れて現金に効きます。資金繰り表が悪化してから対処すると手遅れになりやすいため、解約率を先行指標として毎月確認します。
年間契約・一括前払いの場合、途中解約は別の形で資金に効きます。すでに受け取った現金について、未提供分の返金を求められるかどうかという論点になるためです。
| 契約の定め | 解約時に起きること | 資金繰りへの影響 |
|---|---|---|
| 中途解約時の返金なし | 受け取った前受金は残る | その期は影響が出にくい |
| 未提供分を日割りで返金 | 受け取った現金の一部が出ていく | 返金月に現金が減る |
| 定めが不明確 | 個別交渉・紛争になり得る | 予測できない |
いずれの形にするかは契約自由の範囲で決まりますが、消費者向けの取引では、契約条項の有効性について消費者契約法などの枠組みが関わることがあります。返金の定めをどう設計するかは、事業の形態によって考え方が変わるため、弁護士に確認するのが確実です。
途中解約がなくても、更新月に更新されなければ、前年にあった入金がその月から丸ごと消えます。年払い比率が高いほど、更新率の低下は特定月の現金に大きく響きます。更新月ごとの入金予定は、資金繰り表に個別に載せてください。
入金は減りますが、支出はそれほど減りません。この非対称が、解約が資金に効く理由です。
| 費目 | 顧客が減ると | 扱い |
|---|---|---|
| 決済手数料 | 比例して減る | 変動費 |
| 従量課金の外部サービス | ある程度減る | 準変動費 |
| サーバー・インフラの基本部分 | ほぼ減らない | 固定費 |
| 開発・サポートの人件費 | 減らない | 固定費 |
| オフィス・システム利用料 | 減らない | 固定費 |
売上が1割減っても、支出は1割減りません。解約が続く局面では、収支が想定より速く悪化することを、資金繰り表に織り込んでおく必要があります。
解約の予兆は、利用状況の指標で見るのが本筋ですが、資金の側からも次のようなサインが取れます。
とくに決済の失敗は、意図しない解約(顧客は続けたいのに決済が通らず離脱する)につながります。再試行の設計や事前の通知で防げる部分があるため、現金の観点でも点検する価値があります。
既存顧客の増減は、解約だけでは測れません。上位プランへの移行(アップグレード)、下位への移行(ダウングレード)、利用数の増減を合わせて、既存顧客からの入金が純額でどう動いたかを見ます。
| 要因 | 金額 |
|---|---|
| アップグレード・利用増 | +8万円 |
| ダウングレード・利用減 | −4万円 |
| 解約 | −6万円 |
| 既存分の純増減 | −2万円 |
解約6万円だけを見ると悪く見えますが、アップグレードで8万円戻っているため、既存顧客全体では−2万円。逆に、アップグレードが少なければ解約の影響がそのまま出ます。
この純増減がプラスなら、新規獲得を止めても既存顧客だけで入金が増えていく状態です。獲得費用が先に出るモデルでは、この状態に到達しているかどうかが、資金の安全度を大きく左右します。
解約を減らすのは簡単ではありませんが、既存顧客の単価を上げれば、同じ解約率でも純増減は改善します。しかも上位プランへの移行に獲得費用はほとんどかかりません。現金の効率でいえば、新規獲得より優先度が高い施策です。
解約対策はいくつもありますが、現金への効き方と、必要な費用は施策ごとに違います。資金が薄い局面では、費用のかからないものから順に着手します。
| 施策 | かかる費用 | 現金への効き方 |
|---|---|---|
| 決済失敗の再試行・事前通知 | ほぼなし(設定の見直し) | 意図しない解約が減り、即座に効く |
| 利用が止まった顧客への連絡 | 人手のみ | 数か月かけて効く |
| 上位プランへの移行提案 | 人手のみ | 単価が上がり、純増減が改善する |
| 年払いへの切り替え提案 | 割引分の減収 | 契約月に現金がまとまって入る |
| 機能の追加開発 | 開発の人件費(大) | 効くまで数か月〜。先に現金が出る |
資金が苦しいときに、いちばん費用のかかる「機能追加」から手をつけると、効果が出る前に現金が尽きます。上の表の上から順に、費用のかからない施策で改善余地がないかを先に確認してください。
解約対策は費用のかからないもの(決済失敗の復旧・単価の引き上げ・年払いへの誘導)から着手します。開発を伴う施策は、効果が出る前に現金が先に出ます。
解約を見込まずに作った資金繰り表は、必ず楽観的になります。実務としては、次の3点を守ります。
来月のMRRを「今月のMRR+新規」で置かず、「今月のMRR × (1 − 解約率) + 新規」で置きます。数か月先まで並べると、解約率の差が想像以上に効くことが見えます。
年払いの入金は毎月ならされないので、更新月に金額をそのまま置きます。更新率が不確かなら、更新見込みを控えめに置いて、入らなかった場合の残高も見ておきます。
入金は少なめ・遅め、支出は多め・早めに置くのが資金繰り表の基本です。解約率は直近の実績より少し高めを置いておくと、実際がそれより良くなることはあっても、慌てることは減ります。
継続収入は解約率を引いてから積み、年払いは更新月に個別に置く。この2つを守るだけで、資金繰り表の精度は大きく上がります。
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※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の契約・会計・法的判断についての助言ではありません。解約や返金に関する条項の有効性は、取引の相手方や条項の内容によって異なります。具体的な契約内容については弁護士に、会計処理については顧問税理士にご相談ください。
この記事はファクタリングの一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。