
受託開発(システム開発・アプリ開発の請負)は、事業としての利益率が悪くなくても、現金の面ではかなり厳しい構造を持っています。理由は単純で、コストのほとんどが人件費であり、人件費は毎月出ていくのに、売上の入金は数か月先だからです。
物販なら、仕入れた在庫は売れるまで資産として手元に残ります。受託開発にはそれがありません。エンジニアが今月働いた分の給与は今月末に出ていき、その仕事が現金に変わるのは、納品して、検収が下りて、締め日を過ぎて、支払サイトが経過したあとです。この時間差の間、会社は自己資金で人件費を立て替え続けていることになります。
コストとして現金が出ていってから、その仕事の代金が現金として入ってくるまでの日数。この日数が長いほど、同じ売上でも多くの運転資金が必要になる。
受託開発は原価=人件費が毎月先に出て、入金は数か月後という構造です。利益が出ていても、その間の立替を自己資金でまかなえなければ資金は回りません。
感覚で「入金が遅い」と言っていても手は打てません。どこで何日待っているのかを、工程ごとに分解します。典型的な受託開発案件を並べると、こうなります。
| 工程 | 何が起きるか | 現金の動き |
|---|---|---|
| ① 開発期間 | 要件定義〜実装。3か月なら3か月分の人件費 | 毎月出ていく |
| ② 納品 | 成果物を提出。まだ請求はできない | 動かない |
| ③ 検収期間 | 先方が動作確認し、検収書を出す | 動かない |
| ④ 締め日 | 検収が下りた月の締め日を待つ | 動かない |
| ⑤ 支払サイト | 締め日から支払日まで | 動かない |
| ⑥ 入金 | ようやく代金が着金 | 入ってくる |
ここで重要なのは、②〜⑤のあいだ、こちらは何もできないのに時間だけが過ぎるという点です。開発期間の3か月は仕事をしている時間ですが、そのあとの検収・締め・サイトは、待つだけの時間です。
| 時点 | できごと | 着手日からの日数 |
|---|---|---|
| 4月1日 | 着手(人件費が出始める) | 0日 |
| 6月30日 | 納品 | 90日 |
| 7月14日 | 検収完了 | 104日 |
| 7月31日 | 締め日 | 121日 |
| 8月31日 | 入金 | 152日 |
最初の人件費を払った日から数えて、代金が入るまで約5か月。この間の人件費は、すべて自社の現金でまかなうことになります。
この5か月のうち、自社の努力で動かせる余地がいちばん大きいのが検収です。締め日と支払サイトは取引条件として決まっていますが、検収は先方の作業の速さと、契約書の書き方でいくらでも伸びるからです。
納品された成果物が契約どおりかを発注者が確認し、合格と認めること。多くの契約では、検収の完了をもって請求権が確定する。検収が下りない限り、納品済みでも請求書を出せない。
検収が遅れる原因は、こちらの成果物の品質だけではありません。先方の担当者が多忙、確認する人が決まっていない、検収の基準が契約書に書かれていない——こうした事情で、2週間の予定が1か月、2か月と伸びます。そして検収が翌月にずれれば、締め日も翌月になり、入金は丸ごと1か月遅れます。
月末締めの場合、検収が7月31日に下りれば8月末入金、8月1日にずれれば9月末入金です。たった1日の差が、30日の資金の差になります。月末が近い案件ほど、検収の督促は資金繰りに直結します。
締め日・サイトは動かせなくても、検収は交渉と契約で動かせます。月末をまたぐかどうかで入金が1か月変わるため、検収は資金繰り上の最重要工程です。
「なんとなく苦しい」を数字にします。受託開発の立替額は、月あたりの原価 × 入金までの月数でおおよそ求められます。
毎月の原価(人件費+外注費) × 入金までの月数 = 必要な運転資金
上の例なら、毎月の原価が300万円・入金まで5か月なので、300万円 × 5 = 1,500万円。この額が、常に社外に出たまま戻ってこない状態になります。
この1,500万円は、案件が続くかぎりずっと寝たままです。1件目の入金があるころには2件目・3件目の人件費が出ているので、手元の現金が「増えた」実感はほとんどありません。成長している受託開発会社ほど資金が苦しくなるのは、この構造のためです。
| 毎月の原価 | 入金まで3か月 | 入金まで5か月 | 差 |
|---|---|---|---|
| 200万円 | 600万円 | 1,000万円 | 400万円 |
| 300万円 | 900万円 | 1,500万円 | 600万円 |
| 500万円 | 1,500万円 | 2,500万円 | 1,000万円 |
表のとおり、入金までを2か月縮められれば、必要な運転資金はまるごと2か月分減ります。調達で埋めるより先に、この日数を削れないかを考えるほうが効きます。
受託開発でいちばん危ないのは、受注が好調なときです。案件を並行で受けると、人件費(=原価)は案件の数だけ同時に出ていくのに、入金は5か月遅れで順番にしか来ません。
| 月 | 出ていく原価 | 入ってくる代金 | 差引 |
|---|---|---|---|
| 4月 | 300万 | 0 | −300万 |
| 5月 | 600万 | 0 | −600万 |
| 6月 | 900万 | 0 | −900万 |
| 7月 | 600万 | 0 | −600万 |
| 8月 | 300万 | 900万 | +600万 |
4〜7月の4か月で、累計2,400万円が先に出ていきます。入金が始まるのは8月から。受注が増えるほど、この谷は深くなります。
黒字の案件を3件抱えているのに、その最中に資金が尽きる。これが受託開発の典型的な資金ショートです。受注の意思決定をする前に、その案件の立替額を資金繰り表に載せることが、唯一の予防策になります。
粗利率が高い案件でも、入金が5か月先で立替が1,500万円必要なら、その1,500万円を用意できるかが受注可否の条件になります。採算(利益が出るか)と資金(払えるか)は別の判断です。両方そろって初めて受けられます。
日数を削るための、実務的な打ち手を4つ挙げます。いずれも調達より先に取り組む価値があります。
3か月の一括納品ではなく、要件定義/基本設計/実装/テストのように区切り、各段階で検収・請求する形にします。全体の入金完了時期は変わらなくても、最初の入金が2か月早く来るだけで、立替のピークは大きく下がります。
着手時に一定割合、中間で一定割合、検収後に残り。この3分割を「うちの見積もりはこの形式です」と最初から提示するのが、交渉を交渉らしくしないコツです。案件ごとに個別にお願いすると特別扱いを求める形になり、通りにくくなります。
「納品後◯営業日以内に検収の可否を通知する」「期限内に通知がない場合は検収が完了したものとみなす」といった条項があるかどうかで、待ち時間は変わります。基準(何をもって合格とするか)も併せて明記すると、差し戻しの往復が減ります。
月末ぎりぎりの納品は、検収が数日ずれただけで締め日をまたぎ、入金が1か月遅れます。検収に必要な日数を逆算し、月末の◯営業日前までに納品するというスケジュールの引き方を、社内のルールにしておきます。
分割検収・着手金の標準化・検収条項の明記・納品日の設計。この4つはコストをかけずに入金を早める手段です。調達を考える前に、まずここを点検します。
資金繰りに効く条項は、契約書のなかでほぼ決まっています。次回の契約更新や新規の見積もりのときに、この4か所を見てください。
| 条項 | 資金繰りへの影響 | 望ましい形 |
|---|---|---|
| 検収の期限 | 期限がないと無制限に待つ | ◯営業日以内に可否を通知 |
| みなし検収 | 通知がないまま放置されるのを防ぐ | 期限内に通知がなければ検収完了とみなす |
| 支払時期 | 締め日・サイトで入金月が決まる | 検収月の翌月末など、明確に特定 |
| 分割請求 | 最初の入金が早まる | 着手時・中間・検収後の3分割 |
なお、下請取引に当たる場合は、支払期日について法令上の枠組み(給付を受領した日から起算して定められた期間内に支払う等)が関わることがあります。自社の取引が下請取引に当たるかどうかは、資本金の区分や取引の内容によって決まるため、判断に迷う場合は公正取引委員会や中小企業庁の窓口で確認してください。
日数を詰めても、成長期には立替が先行します。足りない月が見えたら、気づくのが早いほど安い手が使えます。
| 手段 | 効くまで | コストの目安 | 向く場面 |
|---|---|---|---|
| 着手金・分割検収 | 次の契約から | なし | 恒常的な体質改善 |
| 融資 | 3週間〜2か月 | 金利(年率) | 2〜3か月前に気づけた場合 |
| 売掛債権の資金化 | 最短即日〜数日 | 2社間 8〜18%/3社間 2〜9% (掲載102社の公表値にもとづく目安) |
検収済みで請求済みの債権がある場合 |
注意したいのは、売掛債権の資金化が使えるのは「検収が下りて請求権が確定した後」だという点です。開発中の仕掛りや、検収前の納品物は、原則として売掛債権になっていません。つまりいちばん苦しい開発期間中には、この手段は使えないということです。だからこそ、着手金や融資での準備が先に来ます。
売掛金の額と入金してほしい時期を入力すると、掲載102社のうち条件に合う事業者と、手取り額の目安が出ます。5問・約30秒、登録は不要です。比べる材料として使ってください。
→ 検収の期限を契約書でどう定めるか
→ 着手金・中間金を標準の見積形式にする
→ 受注前に必要な運転資金を計算する|立替額の求め方
※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の契約・税務・法的判断についての助言ではありません。契約条項の当否や、自社の取引が下請取引に該当するかどうかは、個別の事情によって異なります。具体的な契約内容については弁護士に、資金計画や税務については顧問税理士や金融機関にご相談ください。
この記事はファクタリングの一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。