
資金が必要になったとき、いちばん手前にある選択肢は「増資」です。株式を発行して資金を入れれば、返済もいりません。ただし、その株価が前回より低ければ、傷が残ります。前回のラウンドより低い評価額で増資することを、ダウンラウンドと呼びます。
ダウンラウンドが避けたいのは、単に気分の問題ではありません。低い株価は、いま入れる資金1円あたりの希薄化を大きくします。同じ金額を集めるのに、より多くの株式を手放すことになるからです。さらに、前回より低い評価額がついた事実は次のラウンドにも尾を引き、既存株主との関係や、その後の交渉条件にも影響します。
評価額が高いほど → 手放す株式は少なくてすむ
評価額が低いほど → 同じ資金でも多く手放す
希薄化は「金額 ÷ 評価額」で決まります。急いでいるという理由だけで低い株価を受け入れると、失うのは目先の資金ではなく、将来の持ち分です。
当座の資金が要るからといって、安い株価で増資すると、必要以上の株式を手放し、次のラウンドにも低い評価額が尾を引きます。まず考えるべきは「評価額を今、確定させないで資金を入れる方法はないか」です。
この記事のテーマは、評価額を確定させずに、当面の資金だけを手当てすることです。言い換えれば、良い条件で増資できるタイミングまで「時間を買う」という発想です。
時間を買えれば、次に増資するときの株価は、いまの苦しい局面ではなく、事業が伸びたあとの数字で決められます。数か月先に評価額を確定させられれば、同じ資金でも手放す株式は小さくてすむ——これが、当座をしのぐことの本当の狙いです。
成長のための本格的な資金は、良い条件のラウンドで正面から集めます。ここで扱うのは、そのラウンドまでの数か月を、株価を犠牲にせずに越えるための当座の手当てです。両者を混同して、つなぎのつもりが本調達より不利な条件になっては本末転倒です。エクイティで集める資金と短期で埋める資金の切り分けは、あわせて読むの記事に譲ります。
評価額を今決めずに当座をしのぐ手段は、大きく3つの方向に分けられます。まず全体像を一望します。
| 方向 | やること | 希薄化 | 返済 |
|---|---|---|---|
| ① 評価額を先送りする | 株価を今決めずに資金を入れ、次ラウンドで確定させる | 先送り(後で確定) | なし(株式に転換) |
| ② 株式を薄めずに借りる | エクイティを前提にした借入や、自己資本とみなされる借入を使う | 小さい〜なし | あり |
| ③ 手元の資産で現金を作る | 売掛金など、すでにある資産を早く現金化する | なし | なし(自社資産) |
3つに共通するのは、いま株価を確定させないという一点です。①は評価額の決定そのものを後ろにずらし、②は借入なので株価に触れず、③は自社の資産を動かすだけなので株主構成が変わりません。方向ごとに向き・不向きがあるので、順に概観します。詳細はそれぞれのスポーク記事に譲り、ここでは「どれを検討すべきか」の当たりをつけることを目的にします。
評価額を固定せずしのぐ方向は①先送りする/②薄めずに借りる/③資産で作るの3つ。共通点は「今の株価を確定させない」こと。この分類で自社に合う入口を選びます。
1つ目は、株価を今決めないまま資金を受け入れ、次の本格ラウンドで評価額を確定させる方向です。代表的なのがコンバーティブル(転換)型の資金です。J-KISSなどの枠組みが知られています。
仕組みをおおまかに言うと、資金は先に入れてもらい、その資金は次のラウンドの株価が決まった時点で株式に転換されるというものです。いま評価額を決めなくてよいため、交渉に時間をかけずに資金を入れられ、株価は事業が伸びたあとの数字にできます。まさに「時間を買う」手段です。
注意点もあります。転換の条件(上限評価額や割引率)次第では、次ラウンドで思ったより多く希薄化することがあります。契約条項の設計は将来の持ち分に直結するため、雛形をそのまま使わず、条件の意味を理解して詰めることが欠かせません。契約・法務は個別性が高く、弁護士など専門家の確認が前提です。仕組みと注意点の詳細は次の記事にまとめています。
2つ目は、増資ではなく借入で当座を埋める方向です。借入なので株式には触れず、希薄化が起きません。ただし返済義務は残るため、返せる見通しとセットで考えます。スタートアップ向けには、性格の異なる2つがよく挙がります。
ベンチャーデットと呼ばれる借入は、エクイティ調達を予定していること自体を前提に貸すのが特徴です。次のラウンドや将来のキャッシュフローを返済の裏付けと見なす考え方で、株式を薄めずに資金を厚くできます。売掛債権を担保にするABLとは性格が違うので、そこは別記事で対比しています。
資本性ローンは、返済順位が低く、金融機関の審査上は自己資本に近いものとして扱われる借入です。エクイティを薄めずに財務体質を強く見せられるため、赤字局面でも検討しやすい手段です。制度の条件は変わりうるので、公的機関の最新情報を確認します。
| ベンチャーデット | 資本性ローン | |
|---|---|---|
| 性格 | エクイティ前提の借入 | 自己資本とみなされる借入 |
| 希薄化 | 基本なし(新株予約権が付くことはある) | なし |
| 見られ方 | 次ラウンドの裏付けが要る | 財務体質の補強になる |
借入で埋めれば株式は薄まりません。ベンチャーデットは「次のラウンド前提」、資本性ローンは「自己資本に近い借入」。どちらも返済義務は残るため、返せる見通しとセットで使います。
3つ目は、すでに自社にある資産を早く現金に変える方向です。新しく資金を「入れてもらう」のではなく、入る予定のお金を「早める」だけなので、株主構成にも評価額にもいっさい触れません。
代表は売掛金の早期化です。納品済みで入金待ちの売掛金を、支払サイトを待たずに現金化します。増資でも借入でもなく、自社の資産を動かすだけなので、当座の穴埋めとしては最も身軽です。ただし早期化にはコストがかかり、金額も手元の売掛金の範囲に限られます。金額の大きい成長投資には向かず、月々の立替やつなぎの穴埋めに向く、という位置づけを外さないことが大切です。
コスト水準は手段や条件で変わります。売掛債権の資金化のしやすさや、でんさい(電子記録債権)による資金化など、資産で現金を作る具体的な中身は、あわせて読むの各記事に譲ります。
どれを選ぶかは、いつまでに要るか・どれだけコストを許容できるか・株式をどれだけ守りたいかの3軸で決まります。方向ごとの目安を並べます。
| 方向 | 効くまでの時間 | 希薄化 | 向く場面 |
|---|---|---|---|
| ① 先送りする(コンバーティブル) | 条件がまとまれば早い | 後で確定(条件次第) | 次ラウンドが見えていて、評価額決定を待ちたい |
| ② 薄めずに借りる(デット) | 審査ぶんの時間がかかる | 小さい〜なし | 返済見通しがあり、株式を守りたい |
| ③ 資産で作る(売掛金早期化) | 最短即日〜数日 | なし | すぐ要る立替・つなぎを、売掛金の範囲で埋めたい |
大づかみに言えば、次のラウンドが視野に入っているなら①、返済の見通しがあり株式を守りたいなら②、今すぐ小口を埋めたいなら③です。これらは排他ではなく、たとえば「②で数か月ぶんの厚みを作りつつ、月々の立替のブレは③で吸収する」といった組み合わせも普通に成立します。
選ぶ軸は時間・コスト・希薄化の3つ。次ラウンドが見えるなら先送り、返済見通しがあり株式を守るなら借入、今すぐ小口なら資産の早期化。組み合わせて使ってよい。
当座をしのぐ手段は便利ですが、本来は「本格ラウンドまでの数か月」を越えるためのものです。しのぎを重ねて借入や転換の条件が積み上がると、次の増資の交渉がかえって重くなります。使う前に、次の順で考えると無理がありません。
大事なのは、しのぐ手段のコストや条件が、次の本調達を不利にしない範囲に収めることです。どこまでがしのぎで、どこからが本調達かをあらかじめ線引きしておくと、当座の手当てが将来の重荷に変わるのを防げます。目安として、いま埋めたいのが「次のラウンドまでの数か月ぶんの穴」なのか、「事業を伸ばすための本格的な資金」なのかを最初に切り分けておくと、手段選びが一気に楽になります。前者ならこの記事の3つの方向で足り、後者は正面からの増資で集める話になります。
当座の手段は「次のラウンドまでの数か月」を越えるためのもの。入金を早める→資産で作る→薄めずに借りる→評価額を先送りするの順で検討し、しのぎの条件が本調達を不利にしない範囲に収めます。
売掛金の額と入金してほしい時期を入力すると、掲載102社のうち条件に合う事業者と、手取り額の目安が出ます。5問・約30秒、登録は不要です。
→ コンバーティブルエクイティで時間を買う
→ ベンチャーデットとは|売掛債権担保との違い
→ 資本性ローンという選択肢|自己資本とみなされる借入
※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の資金調達・法務・税務の助言ではありません。コンバーティブルや各種借入の契約条件、制度の適用可否は個別の事情や最新の要領によって異なります。具体的な設計は、弁護士・税理士などの専門家や、金融機関・公的機関の最新情報にご確認ください。
この記事はファクタリングの一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。