
ベンチャーデットは、成長段階のスタートアップが株式を発行せずに借入でまとまった資金を調達する手段の総称です。増資(エクイティ)が「株式と引き換えに資金を入れる」のに対し、ベンチャーデットは「借りて、期日に返す」ふつうの負債です。ただし、赤字で担保になる資産も乏しいスタートアップに対して行われる点が、一般の事業性融資とは性格を異にします。
ポイントは、返済の裏付けを現時点の利益や資産ではなく、これからの成長と、その先にあるエクイティ調達に置いていることです。だから、黒字化前の会社でも検討の対象になります。増資で株式を手放す前に、あるいは次の増資までの時間を稼ぐために、負債で資金を足す——それがベンチャーデットの基本的な使い方です。
ベンチャーデットは株式を発行せずに借りる負債です。返済の裏付けを現在の利益ではなく、これからの成長と次のエクイティ調達に置く点が、ふつうの融資と違います。
ベンチャーデットの最大の特徴は、直近または近い将来のエクイティ調達が前提になっていることです。多くの場合、すでに増資を実行済みか、次のラウンドが具体的に見えている会社が対象になります。理由は単純で、赤字のスタートアップに貸す側から見れば、返済原資は「次の増資で入る現金」か「成長で生まれるキャッシュ」だからです。
この性格から、いくつかの実務上の含みが生まれます。まず、単独の資金調達手段というより、エクイティ調達とセットで設計するものだということ。次に、次のラウンドが遠のいたり不調に終わったりすると、返済の前提が崩れるということ。増資が前提である以上、ベンチャーデットは「増資の代わり」ではなく「増資を補い、株式の放出を減らす」ための道具だと捉えるのが正確です。
増資で株を手放す前に|負債で足りない分を埋め|希薄化を減らす
増資の代替ではなく、増資とセットで使い、放出する株式を減らすための手段。前提が増資である点は常に意識する。
ベンチャーデットは負債なので、実行しても株式は発行されません。したがって、創業者や既存株主の持株比率はそのままです。ここが増資との決定的な違いです。増資は返済義務がない代わりに、資金を入れるたびに持分が薄まります。ベンチャーデットは持分を守れる代わりに、期日に返す義務を負います。
もっとも、「株式を薄めずに」といっても、まったく株式が絡まないとは限りません。実務では、貸し手が将来株式を取得できる権利(ワラント等)を付ける形が用いられることがあります。これは本体の借入に対して補助的なもので、増資のように大きく持分を手放すわけではありませんが、「完全に希薄化ゼロ」と単純化はできません。条件は個別の契約によって大きく変わるため、契約書の内容は必ず確認し、必要に応じて弁護士に相談してください。
ベンチャーデットは増資に比べれば希薄化を大きく抑えられる手段ですが、株式に関する権利が一切付かないと決めつけるのは危険です。付随する条件の有無と中身は契約ごとに違います。総コストは金利だけでなく、こうした付随条件も含めて評価します。
ベンチャーデットは、売掛債権などの資産を担保にする借入(ABL)とは別物です。混同されがちですが、返済の裏付けの置き方がまったく違います。ここが本記事の中心です。
| ベンチャーデット | ABL(売掛債権担保) | |
|---|---|---|
| 返済の裏付け | 将来の成長・次のエクイティ調達 | いま保有する売掛債権など資産の価値 |
| 主な対象 | 増資を実行済み/予定の成長企業 | 売掛債権を持つ事業者(成長段階を問わない) |
| 調達できる額の決まり方 | 事業計画・調達実績・成長性から | 担保にする債権の額を上限に |
| 株式との関係 | 付随して株式の権利が付く場合がある | 基本的に株式は絡まない |
| 向く場面 | ラウンド間のつなぎ・株式放出の抑制 | 売上はあるが入金までの立替が重い |
要するに、ベンチャーデットは「これからの成長」を、ABLは「いまある債権」を裏付けにするという違いです。増資の予定がまだ見えない、あるいは成長ストーリーで貸し手を説得する段階にない会社でも、確定した売掛債権があればABLは検討できます。逆に、まだ売上が小さくても次のラウンドが見えている会社なら、ベンチャーデットのほうが多くの資金を引ける可能性があります。
ABLの仕組み・担保に取れる債権の範囲・実行までの流れといった詳細は、この記事では立ち入りません。ABL側の具体的な設計は次の記事に譲ります。→ 売掛金を担保に借りるABL
ベンチャーデットの裏付けは将来の成長と次の増資、ABLの裏付けはいま保有する売掛債権。裏付けの置き方が違うため、向く会社も、引ける額の決まり方も変わります。
なぜベンチャーデットが「株式を守る」と言われるのか、持分の動きで見ます。分かりやすくするため、数字は説明用の単純な例です。実際の株価や条件は個別に異なります。
| すべて増資で入れる | 増資+ベンチャーデット | |
|---|---|---|
| 調達したい額 | 4,000万円 | 4,000万円 |
| うち増資 | 4,000万円 | 2,000万円 |
| うち負債 | — | 2,000万円 |
| 手放す株式(イメージ) | 多い | 半分程度に抑えられる |
| 返済義務 | なし | 負債分に発生 |
同じ4,000万円でも、一部を負債で賄えば手放す株式を減らせます。その代わり、負債分には返済義務と利息が付きます。どちらが得かは、株価の見通しと返済の確度で決まります。
読み方はこうです。いまの株価が割安だと感じるなら、増資を減らして負債で埋めるほうが、将来の持分を守れます。逆に、返済の見通しが立たないうちに負債を増やすのは危険です。株を守ることと、返済リスクを負うことは表裏一体で、そのバランスを決めるのが検討の本質です。バリュエーションを確定させずに当座をしのぐという発想そのものは、別記事で全体像を扱っています。→ バリュエーションを下げずに当座をしのぐ選択肢
ベンチャーデットは万能ではありません。前提が「エクイティ調達」である以上、向く局面は限られます。次のような状況が典型です。
逆に、次の増資の当てがまったくない、返済原資の見通しが立たない、という段階では慎重になるべきです。前提が崩れれば、返済だけが残ります。売上に対する立替が重いだけなら、売掛債権を裏付けにするABLや売掛金の早期化のほうが素直な場合もあります。赤字局面で使える手段を一望したい場合は、資本性ローンなども含めて比較するとよいでしょう。→ 資本性ローンという選択肢|自己資本とみなされる借入
ベンチャーデットは、株式を守れる代わりに相応のコストと制約を伴います。良い面だけで判断しないために、負の側面を整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 利息 | 負債である以上、利息が発生する。水準は会社の状況と契約で決まる |
| 返済義務 | 期日に返す義務がある。増資と違い、業績が悪くても返済は続く |
| 付随条件 | 株式の権利(ワラント等)や、財務に関する取り決め(コベナンツ)が付く場合がある |
| 前提の崩壊リスク | 次の増資が不調だと、返済の裏付けが崩れる |
とくに「返済義務がある」点は、増資との根本的な違いです。増資は業績が落ちても返さなくてよい資金ですが、ベンチャーデットは負債なので、バーンが想定より速くても返済期日は待ってくれません。財務に関する取り決め(コベナンツ)が付く場合は、その条件を割ってしまうと不利な事態になり得ます。契約条件は必ず精読し、専門家に確認してください。金利や具体的な条件はここでは示しません。会社の状況によって大きく異なるためで、実際の条件は個別の見積もりで確認するのが正しい進め方です。
ベンチャーデットを検討するときの順序を整理します。増資とセットで考えるのが前提です。
入口はランウェイと必要額です。ここが曖昧だと、いくら借りればよいのかも、返せるのかも判断できません。ランウェイの計算そのものは別記事で扱います。まずは手元資金が何か月もつかを固めてから、増資と負債の配分を考えるのが順序です。
ベンチャーデットの前に、まず立替を売掛金の早期化で埋められないか。売掛金の額と入金してほしい時期を入力すると、条件に合う事業者と手取り額の目安が出ます。5問・約30秒、登録は不要です。
→ 売掛金を担保に借りるABL
→ バリュエーションを下げずに当座をしのぐ選択肢
→ 資本性ローンという選択肢|自己資本とみなされる借入
※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の財務・法務・税務の助言ではありません。ベンチャーデットの条件や契約内容は個別の事情によって大きく異なり、制度・商品の内容も変わり得ます。具体的な調達設計や契約の可否は、金融機関および弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。
この記事はファクタリングの一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。