
大企業とPoCや取引を進めると、まず結ぶのがNDA(秘密保持契約)です。相手の技術情報・購買情報・取引の存在そのものを外に漏らさない、という約束をします。ところが、その一方で成長中の会社は、投資家や金融機関に対して事業の中身を開示して資金を調達する必要があります。ここで、守秘義務と開示要請という、方向の逆な2つの要求が正面からぶつかります。
とくに起きやすいのが、「大企業◯◯社とPoCをやっている」という事実を投資家に話したいのに、NDAでその取引の存在自体が秘密情報に含まれている、というケースです。取引実績は資金調達で最も強い信用材料になりますが、それを口外できないと、せっかくの実績を調達に活かせません。逆に、うっかり開示してNDA違反になれば、大企業との取引そのものを失いかねません。
NDAは「漏らさない」、資金調達は「開示する」。方向が逆の要求が同時にかかるのがスタートアップの現実です。取引の存在すら秘密情報に含まれることがあり、無自覚に話すと契約違反になります。まず何が縛られているかを正確に知ることが出発点です。
NDAは「すべてを秘密にする」契約ではありません。契約書が定義した『秘密情報』の範囲だけが縛られます。だからまず、自分が結んだNDAで何が秘密情報とされているかを、条文で確認します。よくある要素を整理します。
| 縛られやすいもの | NDAでの扱われ方 |
|---|---|
| 相手の技術・仕様・データ | ほぼ確実に秘密情報。開示・流用とも不可 |
| 取引・PoCの存在そのもの | 契約による。「本契約の存在も秘密」と定める例がある |
| 相手の社名を出すこと | 広報・実績表示の可否は別条項で定められることが多い |
| 金額・支払条件 | 秘密情報に含まれることが多い |
| 自社が単独で持つ情報 | 相手由来でなければ、多くは秘密情報の対象外 |
ポイントは、秘密情報は基本的に「相手から受け取った情報」だという点です。自社がもともと持っている技術や、自社の売上・資金繰りといった自社の内部情報は、原則としてNDAの縛りの外にあります。ただし「取引の存在」や「相手の社名」は相手由来の情報として扱われやすく、ここが実績アピールと衝突します。
契約書に「本契約を締結した事実および内容を秘密として扱う」といった一文があると、取引していること自体を第三者に話せません。投資家に「◯◯社と組んでいる」と言えるかは、この一文の有無で大きく変わります。NDAを結ぶ前に必ず確認する箇所です。
次に、資金の出し手が何を知りたいのかを整理します。相手によって見る角度が違います。
| 相手 | 主に見たい情報 | 取引実績の位置づけ |
|---|---|---|
| 金融機関(融資) | 返済原資、入金の確実性、決算 | 大企業が売掛先=回収の確実性の裏づけ |
| 投資家(エクイティ) | 成長性、事業の独自性、実績 | 大企業との取引=市場に受け入れられる証拠 |
| 債権を資金化する相手 | 売掛先の信用力、請求書・入金予定 | 売掛先が誰かが審査の中心 |
共通するのは、「本当に入金があるのか」「その相手は信用できるのか」を確かめたいという点です。だからこそ、大企業の社名・契約・入金履歴を見せられると話が一気に進みます。実績をどう見せると調達につながるかは、別記事(あわせて読む欄)で扱います。ここでは、その材料をNDAの範囲内でどう出すかに集中します。
資金の出し手が知りたいのは、突き詰めれば入金の確実性と相手の信用力です。大企業取引はその強い証拠になりますが、証拠として出したい情報ほどNDAで縛られやすい。次章で線引きします。
ここが本題です。手元の情報を、①自社の情報か、相手由来か/②秘密情報の定義に入るかの2軸で仕分けます。おおまかな目安は次のとおりですが、最終的な可否は個別のNDA条文と個別事情で決まるため、判断に迷うものは弁護士に確認してください。
| 情報 | 由来 | 開示の目安 |
|---|---|---|
| 自社の売上・資金繰り・財務 | 自社 | 原則、自由に開示できる |
| 自社の技術・プロダクト | 自社 | 原則、開示できる(相手の技術が混ざる部分を除く) |
| 大企業との取引の「存在」 | 相手由来 | 契約による。存在の秘密条項があれば要同意 |
| 相手の社名の明示 | 相手由来 | 広報・実績表示条項を確認。無ければ要同意 |
| 契約金額・支払条件 | 相手由来 | 秘密情報に含まれることが多い。要注意 |
| 相手の技術情報・データ | 相手由来 | 開示不可。目的外使用も不可 |
左にいくほど自由に出せ、下にいくほど縛りが強い傾向。迷ったら「相手由来か」を先に問うのが実務のコツです。
実務上よく効くのが、「社名を伏せて、事実だけを伝える」という出し方です。「国内の大手メーカーとPoCを実施中で、月◯百万円規模の受注が見込まれる」といった伝え方なら、相手を特定せずに実績の輪郭を示せます。金額や相手の特定に踏み込む段階では、後述の同意取得に進みます。
両立のしやすさは、実はNDAを結ぶ時点でほぼ決まります。あとから「投資家に話したい」となっても、条文が縛っていれば動かせません。締結前に、資金調達の観点で次の条項を見ておきます。
何が秘密情報かの範囲です。広すぎる定義(「本件に関する一切の情報」など)だと、自社の情報まで巻き込まれかねません。相手から受領した情報に限るような書きぶりになっているかを見ます。
取引の存在や社名を秘密にする条項があるか。実績として使いたいなら、「投資家・金融機関への開示は除く」旨の例外を交渉段階で入れておけると後が楽です。
多くのNDAには、法令・裁判所の要請、弁護士・会計士など守秘義務のある専門家への開示は例外とする条項があります。ここに「資金調達に必要な範囲で、秘密保持義務を課したうえで投資家・金融機関に開示できる」という一文を足せるかが鍵になります。
契約終了後も何年縛られるか。PoCが終わっても数年間開示できない、というケースもあります。
NDAは定型文で差し出されることが多く、そのまま押印しがちです。しかし資金調達を予定しているなら、開示の例外条項は締結前に交渉するのが最も確実です。締結後に「話したい」と言っても、相手に応じる義務はありません。各条項が契約書のどこに書かれるかは、あわせて読む欄の契約書チェックの記事も参考にしてください。
すでにNDAを結んでいて、投資家や金融機関に相手の情報まで出したい——そんなときの、現実的な進め方です。順番に踏むほど、違反リスクを下げられます。
① 自社情報だけで足りるか確認 → ② 社名を伏せて事実だけ伝える → ③ それでも足りなければ相手に開示の同意を取る → ④ 渡す相手にも秘密保持をかける
下にいくほど相手の情報に踏み込む。上から順に試し、必要な分だけ深く出すのが基本です。
①②で足りることは意外と多いです。融資審査でも、まずは自社の決算と入金予定で話が進み、相手の特定まで求められない段階があります。求められて初めて、③の同意取得に進みます。
③の同意は、口頭で済ませず書面(メールでも可)で残すのが実務の鉄則です。「資金調達にあたり、当社の取引先である旨および契約概要を、秘密保持義務を課したうえで金融機関◯◯に開示することを承諾いただけますか」と、開示先・開示範囲・条件を明示して依頼します。大企業の担当者も、資金調達のための限定開示であれば応じやすい傾向があります。
「公表する」のではなく、特定の相手に・必要な範囲で・秘密保持義務を課したうえで見せるのが限定開示です。SNSやプレスで社名を出す(公表)のとは性質がまったく違います。NDAの例外条項も、多くはこの限定開示を想定しています。混同しないことが大切です。
意外と見落とすのが、開示する側(自社)の責任です。投資家や金融機関に相手の情報を渡した後、そこからさらに漏れたら、責任を問われるのは開示した自社です。だから、受け取る側にも秘密を守らせる仕組みを用意します。
| 渡す相手 | かけ方 |
|---|---|
| 金融機関 | 金融機関は法令・内規で守秘義務を負う。加えて資料に「機密」と明示する |
| 投資家(VC等) | 投資検討前にこちら側から相互NDAを提案してよい |
| 資料そのもの | 社名・金額の部分だけマスキングした版を用意し、深い版は同意取得後に |
投資家に相互NDAを求めるのは失礼ではありません。むしろ情報管理をきちんとしている会社だと評価されることのほうが多いです。段階に応じて、社名を伏せた概要版と、同意を得たうえでの詳細版を使い分けると、無理なく両立できます。
開示したら終わりではなく、渡した先からの再漏洩まで自社の責任です。金融機関の守秘義務、投資家との相互NDA、資料のマスキングで守りを固めます。概要版と詳細版の二段構えが実務的です。
売掛債権の資金化(ファクタリング等)では、事情が少し変わります。審査の中心が売掛先=大企業の信用力になるため、請求書や契約書など、相手が特定できる資料の提示を求められることがあるからです。ここでもNDAとの関係を確認します。
売掛先に知られずに進めたい場合は、通知を伴わない形(2社間)が選ばれることがありますが、その場合でも資金化する相手に請求書等を見せること自体が、秘密情報の開示に当たらないかを確認します。契約に債権譲渡を禁止する特約があると、そもそも債権を譲れないこともあります。手数料の水準は、2社間で8〜18%、3社間で2〜9%が掲載102社の公表値にもとづく目安で、融資より高くつきます。可否も条件も個別性が高いため、自社のNDA・契約と照らして進めてください。
売掛先が大企業なら、債権は資金化しやすくなります。売掛金の額と入金してほしい時期を入力すると、条件に合う事業者と手取り額の目安が出ます。5問・約30秒、登録は不要です。
→ PoC成果物の権利帰属が、次の資金調達に与える影響
→ 大企業取引の実績を、次の資金調達にどう活かすか
→ PoC受注前に確認する契約条件チェックリスト
※ 本記事は一般的な情報の提供を目的としたもので、個別の法律・契約に関する助言ではありません。秘密保持契約や情報開示の可否は、契約書の具体的な条文と個別の事情によって結論が変わります。NDAの解釈、開示の可否、債権譲渡の可否などの法的判断については、必ず弁護士にご確認ください。下請法など関連法令に触れる場合は、2026年1月1日施行の改正を含む現行条文を確認のうえ、公正取引委員会・中小企業庁の窓口もあわせてご相談ください。
この記事はファクタリングの一部です。手段そのものを比べたい場合は、あわせてご覧ください。