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創業者

ものづくり革新ナビゲーター 製造業の業務生産性を向上する革新プロセス/技法の情報をネット上に提供し、関係者の交流を活性化することで、産業振興に貢献しています。 主な資格と役職 技術士(経営工学部門、総合技術監理部門) 日本技術士会広報委員/山梨県支部幹事/技術士青葉会幹事 品質工学会評議員、山梨県研究会幹事 品質管理学会、経営工学会、経営システム学会会員 日本経営品質協議会認定セルフアセッサー MPUF-QFD研究会/USIT研究会会員 日本TOC推進協議会会員 やまなし産業支援機構 専門指導員 ちょっと長い自己紹介: 1956年山形県の新潟寄りで雪深い小国町に生まれ、小学4年生の時に父の実家に近い寒河江市に転校。 そこは転出はあれど転入する生徒はほとんどいない田舎の小学校で、なまじ方言を話さないためちょっと目立ち、悪童たちにいじめられた。 中学3年では全県テストで10番以内、運動でも陸上で県大会決勝に進むなど文武両道で好成績を残したが、生意気だったので心を許す友人には恵まれなかった。 高校でもあまり勉強しなかったが成績は良く、東大も可能性ありと言われながら、3年の時に父親の事業の元請会社が倒産して売掛金が焦げ付き家計が困窮。近県の大学に進み、奨学金を受け貧乏人が集まる寮で4年間を過ごし、家計が好転する3年生まで授業料は全額免除されていた。 大学で放送劇のクラブ活動に没頭していたら、希望していた学科に進めず落ちこぼれ。 4年次のゼミでは厳しくて有名な教授に指導されたため、卒業して入社したパイオニアは天国のようだった。 赴任先の山梨県で、レーザーディスクのプロセス開発や生産技術でキャリアを積む一方、テニス、スキー、放送劇と趣味に生きて劇団員と結婚、かわいい子供3人に恵まれる。 30代前半で順調に課長職となり、その後希望していた米国に5年間駐在し、ISO9002認証を初めとして現地生産法人の品質保証体系を築いた。 帰国後も、語学力を買われて生産装置の海外営業課長、企画力を買われて事業開発室長、発想力を買われて総合研究所の研究室長など引き受け、相変わらず趣味の世界にも没頭しているうちに、いつの間にか昇進のステージから外れていることに気づく。このままでは役職定年になり、窓際族になってしまう。 自分の能力の棚卸をしてみると、15年続けてきた理想的な開発/設計の考え方であり手法である「タグチメソッド」があった。社内のイントラネット上に教育と事例のサイトを構築し、試作実験に取り入れ、成果を出していった。 ところが2008年にパイオニアはプラズマTVからの撤退を決定し、山梨工場は閉鎖となってしまう。運の良いことにそれまでの活動を知った東京本社の生産部から声がかかり、タグチメソッドを全社的に推進する活動を任されることとなった。 それまでもお世話になっていたコンサルタントと正式に契約し、二つの事業所と複数の関連会社で少しずつ成果を出した。 しかしその間にパイオニアは財務が傾き、2009年に大規模な構造改革を発表。その前年に技術士の経営工学部門、リストラ発表当日に総合技術管理部門に合格していたことから、これは神様のお告げであると9月末で退職し、12月には設計/生産革新支援を主業務とする熊坂技術士事務所を設立したが、受注の方法が分からない。 技術経営を体系的に学ぶため、翌年4月には東京農工大学のMOT大学院に入学し、業務と並行して平日夜間と土曜日に講義を受けることとした。 この学校では修士論文代わりに2年かけてビジネスプランを作ることになっており、会社でやっていた技法紹介サイトを発展させ、製造業と適切な専門家をつないで生産性を革新する事業を計画した。これが日刊工業新聞主催のビジネスプランコンテストで入賞する事となり、山梨県の創業ファンドにも採択され、2012年3月に公式オープン。 その後多くの専門家が登録し、利用者は月間3万人を超えているものの、日本の産業構造を変えるにはまだまだ緒に着いたばかり。企業には大いに学習してもらい、専門家には活躍の場を見つけてもらえるように、これから様々な機能と企画を提供していく。