<The Bridge> 日本からハーバードMBAを経てボストンで起業、エアコンをスマート化するIoT製品「Nature Remo」の挑戦
「家庭のエネルギーデマンドを最適化する」という大きな目標を掲げて、米国ボストンで起業した日本人チームがいます。CEOの塩出晴海さんと、CTOの大塚雅和さん率いるNatureです。同社が手がけるのは、エアコンをスマート化するIoTプロダクト「Nature Remo(ネイチャー リモ)」。先月5月23日から開始したKickstarterでの先行予約は10日で目標調達額5万ドルの調達に成功し、現在は調達額を増加しています。
部屋型とリモコン式の両方に対応
Nature-Remo
空調をコントロールするIoT製品と聞いてパッと思い浮かぶのは、Googleに買収された「Nest」や本媒体でも取材したことがあるドイツ発の「tado」などです。後発のNature Remoとこれらの製品の最大の違いは、Nature Remoが世界の異なるエアコン形態に対応していること。日本の場合、エアコンといえば壁への取り付け型で必ずリモコンがついてきます。一方の米国では、リモコンがないウィンドウ型・壁型が50%以上を占めていると言われています。
Nestは米国では一般的なセントラルヒーティング(熱源装置から熱を各部屋に送る仕組み)を対象としており、他にもニューヨーク拠点の「ThinkEco」は、リモコンがついていないウィンドウ型・壁型のエアコンにパワープラグをONOFFする形。Tadoは、リモコン付きのエアコンが対象です。Nature Remoはというと、世界基準のウィンドウ型・壁型のリモコン式と、そうでないものの双方に対応する構想のもと開発が進められています。先行してリモコン式のエアコンに対応し、追って着脱式のパワープラグも発売する予定です。
また、インテリアの一部となって部屋の目につくところに設置されるデバイスであるため、シンプルで美しく、さりげないデザインを心がけています。例えば、Nature Remoの表面の白色でつるんとした質感もそんなこだわりの一つ。外部のインダストリアルデザイナーと共に3ヶ月かけて実現しました。
「この均一なつるんとした表面の裏側に、人感センサーや赤外線の受発信装置などが潜んでいます。競合製品などではセンサー部分だけ材質が異なったりするんですが、Nature Remoは単一なものでしっとりした表面を実現しています」。
三井物産を退職して起業
CEOの塩出晴海さん(右)とCTOの大塚雅和さん(左)
CEOの塩出晴海さん(右)とCTOの大塚雅和さん(左)
起業する前は、三井物産で火力発電の事業開発に携わっていた塩出さん。発電所や炭鉱の建築現場などを訪れた東南アジアでは、そうした現場で多くの人が犠牲になっていることを知りました。この現状に違和感を感じたことをきっかけに、中央集約化した電力形態を疑問視するようになりました。もっと分散化したクリーンエネルギーを実現することはできないのかと考えるように。
その後、エネルギー効率などエネルギー関連の事業を興そうと起業を決意し、三井物産を退職。ちょうどNestなどのIoT製品が登場し始めた頃で、市場が盛り上がりを見せる兆しがありました。最適なソリューションを模索する中で、日本のエアコンの大半がインターネットに繋がっていないことに着目し、エアコンのIoTプロダクトに的を絞りました。
当初は自分でプロトタイプを作ることを考えていましたが、そんな時に出会ったのが、後にCTOとして参画してくれる大塚さんが開発するIRKit(WiFi機能の付いたオープンソースの赤外線リモコンデバイス)でした。Nature Remoのプロトタイプを開発するために、自分でIRKitを触ってみるようになりました。
「IRKitのことを知ったときに、そもそもこれを作っている人と一緒にやるのが一番なんじゃないかと思い、すぐに大塚さんに連絡したんです。そこで一緒にやろうとはなりませんでしたが、一時帰国をする度に彼に会って進捗報告をしていました。それを重ねるうちに、2015年末にようやくNature Remoに参画してもらえることになりました」(塩出晴海さん)
家庭のエネルギーデマンドを最適化
どんなソリューションを開発するかを練っていた当時、クリーンエネルギーの普及に貢献するグローバルな会社を作りたいとハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に進学することに。Nature Remoは、少し前に開催されたコンペでも最終選考まで残り、同校の卒業生や審査員などを中心に親身に相談に乗ってもらえるネットワークが築けています。先月、MBAの学位を取得し、現在はボストンでNature Remoの製造・販売に向けて奔走しています。
今回が初めての起業となる塩出さんですが、最初から日本ではなくアメリカでやろうと決めていました。
「日本でも会社をやったことがないのに偉そうと言われるかもしれませんが、10歳のときから思い描いていた起業を、やるならグローバルな会社にしたいと思っていました。日本で始めてしまうと言語の壁もあり、国外に出て行ける人材を集めるのにも苦労するかもしれないという懸念がありました。こちらで起業するならとアメリカのビジネススクールを選びました」。(塩出晴海さん)
Natureが長期的に目指すのは、家庭のエネルギーデマンドの最適化です。このデマンドマネージメント(需給管理)を行うためにも、電力のリアルタイムの情報を取得できるプラグの開発が急がれます。将来的には、電力使用のリアルタイムな情報を電力会社にフィードバックし、電力会社からの要請を受けて電力ピーク時の使用ワット数をコントロールするようなことが可能になるはず。
「例えば、夏場はエアコンを沢山使いますが、ある程度のお金が還元されるなら多少温度を上げてもいいという人は意外と多いことが分かりました。米国では10年以上前からある電力自由化が日本では今年になって始まったばかりですが、電力効率には様々な方向から取り組まなければいけません。エアコンを出発点に、限られたリソースで世界が回るような社会を実現したいです」。(塩出晴海さん)