日本、欧州、米国のデジタル通貨政策(戸川利郎)
日本銀行は、欧州中央銀行(ECB)などと中央銀行が発行するデジタル通貨の共同研究に乗り出しています。日銀は現時点では発行計画はないとしていますが、中国が「デジタル人民元」の発行準備を進めるなどデジタル通貨を巡る動きが活発化しており、将来を見据え研究を加速させています。
日銀は2020年1月に、ECBと国際決済銀行(BIS)、英国、カナダ、スウェーデン、スイスの各中銀とともに共同研究を行うグループを設立したと発表しました。各中銀の知見を持ち寄り、デジタル通貨の活用方法や技術的な課題などの検討を進めるといいます。
具体的にはデジタル通貨に金利を付けることができるのかや、サイバー攻撃への対応策、国境を越えた送金法などを議論します。研究結果を踏まえて、デジタル通貨を発行するかどうかの判断は、各中銀に委ねます。
各中銀が連携してデジタル通貨を研究する背景には、米フェイスブック(FB)が発行計画を主導する暗号資産(仮想通貨)「リブラ」があります。リブラが世界で広く流通するようになれば、各国の中銀が自国通貨の流通量をコントロールして景気に影響を及ぼす金融政策の効果が失われるとの懸念があります。
リブラに主導権を渡さないためにも、連携して研究を進め、中銀のデジタル通貨の優位性をアピールしたいとみられます。デジタル人民元の発行準備を進める中国に、技術面で先行したいとの思惑もある模様です。
ただ、実際の発行に対しては各中銀で温度差があります。日銀は現段階で発行計画はないとの立場ですが、スウェーデンの中銀はデジタル通貨「eクローナ」の実証実験の開始を発表し、ECBのラガルド総裁も発行に意欲を示しています。
一方、欧州連合(EU)は2019年12月、欧州中央銀行(ECB)に対してデジタル通貨の発行を検討するよう求めました。
中国は設計、開発を終え、実際の発行を視野に入れています。
アメリカはデジタル通貨に距離を置き、基軸通貨ドルの地位を守りたい考えです。
それぞれの動きからは、通貨覇権を巡る思惑もにじみます。
■ユーロ
ECBが発行するユーロは現在、独仏など19か国で流通しています。ユーロ圏の人口は約3億4000万人と、米国の約3億2000万人を上回りますが、ドルの背中はなお遠いのが現状です。
国の対外的な支払い能力の目安である「外貨準備高」を見ると、ユーロのシェア(占有率)は2割にとどまり、6割のドルに大きく水をあけられています。多くの国がドルを信頼していることの表れです。
EUは、米国よりも先にデジタル通貨を発行することで、国際的な通貨としてユーロの存在感を高めたいとの思惑があるとみられています。
EUがデジタル通貨の導入を本格的に検討する契機となったのが、米フェイスブック(Facebook、FB)が主導する暗号資産(仮想通貨)「リブラ」の発行計画です。
FBのユーザーは世界で約28億人に上ります。ドルなどを裏付け資産とし、暗号資産の中でも比較的価値が安定した「ステーブルコイン」とされ、仮に実現して広く買い物などで利用されるようになれば、ユーロ離れが進みかねません。
ECBのラガルド総裁は2019年12月の欧州議会での証言で、「金融産業ではステーブルコインなどが登場し、現在の決済システムを崩壊させかねない状況だ。ECBは座して待つようなことはしない」と述べ、デジタル通貨の導入に意欲をみせました。
EUは中国の動向も警戒しているとみられます。
中央銀行である中国人民銀行は2019年11月、デジタル通貨「デジタル人民元」の設計・開発を完了したことを明らかにし、発行に向けた準備段階に入りました。
当初は地域を絞り、中国国内の小売り決済だけでの利用になりそうですが、実績を積み重ねてから国際決済などへ用途を段階的に広げる考えとみられます。将来的に、ドルに代わる国際金融の基盤を作る狙いがあるとも指摘されます。
■アメリカ
一方、米国はデジタル通貨の発行には距離を置いています。
ムニューシン米財務長官は「今後5年はデジタル通貨の発行は不要だと、米連邦準備制度理事会(FRB)と一致している」と発言しています。
日本銀行も現時点で発行を視野に入れていません。
黒田東彦(はるひこ)総裁は講演などで「わが国は現金の流通高がなお増加しており、中銀デジタル通貨の発行を国民が求めているとは考えられない」としています。
日本では企業の資金調達で銀行の果たす役割が大きく、デジタル通貨が銀行預金の代わりになった場合、銀行の仲介機能が低下して経済に悪影響を及ぼすことなどを懸念しています。
◆資金洗浄、データ保護課題「リブラ」など民間も計画
インターネット上での支払いや国際送金に便利だとして、デジタルの「お金」に注目が集まるきっかけとなったのが、2009年頃に登場したビットコインです。
発行者や管理者はいないが、世界中の企業や個人が取引に問題がないかを監視し、データの改ざんが難しいとされます。ビットコインなどの仮想通貨は、世界で1000種類以上があるとみられます。
両替をせずに国際送金できるなどの利点はありますが、様々な問題点が指摘されています。匿名性が高いため、国際犯罪などに利用される恐れがあるほか、投機の対象になって価値は乱高下しています。金融庁は2019年に法律を改正し、ビットコインなどの呼称を「暗号資産」に統一し、通貨ではないと明確に示しました。
暗号資産の問題点の一部を解決する可能性があるのが、Facebookが計画する「リブラ」など、価値が比較的安定するとされるステーブルコインです。
しかし、ステーブルコインも資金洗浄対策やデータ保護などの観点で課題が残ります。主要20か国・地域(G20)は、リブラなどについて、規制が整うまで発行すべきではないとの認識で一致しています。国際機関や各国の政府関係者らは、通貨は中央銀行が管理すべきだとの考えです。
戸川利郎(crm株式会社)